大和中島町八剣神社の祇園祭り

Nakashima Gion Festival

八剣神社に祭られている素盞嗚尊に地域の無病息災・家内安全・五穀豊穣を願う祭で、神社が建立された天保14年(1843年)に始まったという。

毎年7月第4土曜日に行われ、中島の4地区から三つの山車と一つの行列が繰り出し、八釼神社前広場や西鉄中島駅周辺をはじめ中島の各地域を練り歩きます。
大蛇山(東上町)・とんさん行列(中町)・踊り山(西上町)・獅子山(下町)と4つの町内組が受持って町内を巡行し、八釼神社へ巡行します。

昭和38年以前には、「喧嘩まつり」と呼ばれた激しい祭りで、
祇園会の華、「大蛇の目玉争奪戦」(眼は町中の守札を集めて造る)が払暁に勇壮に行われ、祭りが終わるのは翌朝5時だったそうです。(下記に大牟田八剣神社の例あり)

大蛇山(Daijyayama):東上町

東上町の大蛇は雌(歯が鋭くない)。毎年新しく作られ、全く同じ形にはならない!!

方向転換する大蛇山
巡行中の方向転換

火を吹く大蛇

左画像(山車後側「大蛇の尾」)は各家庭から持ち寄られた「天照皇大神宮」の守札が貼られています。もちろん大蛇の頭部にも守札が貼られています。

八釼神社にいる大蛇山では、小学生~高校生位の子供達が交代で小太鼓を叩き、ホラ貝が吹かれ、大蛇は花火を口にして火を噴きます。合間には親の連れてきた乳幼児を抱えて大蛇の口に入れる(「かませ=無病息災を願ってのこと)-子供は怖がって泣きだしますが、見ているとその反応も子供によって違い、激しく泣きわめいて母の方に手を伸ばしたり、
しばらくは驚いてキョトンとしていたり、子供の親は記念の写真を撮ったり・・・子を持つ親、祖父母の願いの現れで、家族の大切な行事の一つとも思えます。

大変な人だかりの中で、特に乳幼児を抱いた若い親達の多かったこと。親の願いはどこでも変わらないものです。

八剣神社で踊り山を迎える大蛇山。

踊り山を迎える大蛇山(前回撮影した写真)

のけぞる幼児

大蛇の口まで持ち上げられた子はのけぞって抵抗。記念撮影する親。
親も大人も笑うばかり・・・子供は世の中の厳しさを、体感中か?
これは、子供の無病息災等を祈ってのことなのですが・・・・・・・

腰に花火を差した人の話では、朝6時頃から準備したとの事。この猛暑の中で・・。
山車の内部、3畳程のスペースでは、太鼓と鉦(5人交代で叩く)、大蛇の頭を動かす
・・・・うるさいほどの鉦太鼓、高揚した顔の若い男子が太鼓を叩く・・・・・
中島祇園の魂はこうして受け継がれているのだと感じました。

殿様(とんさん)行列(Tonsan-gyouretu):中町

柳川の殿様が参勤交代に出る様を模したもので、駕籠には殿様の扮装で、刀を差した子供が乗り、前後には、槍持ち、奴を始め行列の面々が並びます。(出発場所で撮影準備したのですが使える画像がありません!)

踊り山(Odoroyama):西上町

芸者衆の山車といった趣で、踊りを見せながら町中を練り歩く。昔は芸者衆が乗ったのか華やかな和服姿の若い女性たちが踊ります

踊り山:西山町
各町内毎で手配するので、ここは踊り手の確保と練習等が大変そう。

獅子山(Shishiyama):下町

軽妙なお囃子に合わせ、からくり仕掛けの親子獅子が愛嬌をふりまきます。

獅子山:下町

獅子は出車の先頭に一つ、背中には小獅子
出車の左右に、2つずつのかわいらしい獅子

獅子山:下町2
前後の出車は連結されているようです。

Nakashima Gion Festival

The Nakashima Gion Festival is held to wish for good healthe, family security,and a good harvest. It takes place every July on the fourth Saturday. Therr festival floats move in a prosession around the town, passing Yaturugi Shrine and the Nakashima stetion. A dragon-shaped float calld Daijyayama is pulled around Nakashima well into the night, acoonpanied by fireworks and musicians playing gongs, drums and trumpet shells. there are also Odoriyama, floats ridden by dancers, who dance to the beat of the drums and the melody of the Japanese string instrument, the shamisen. Shishiyama is another float, shaped like a lion. The Tonsan-gyouretsu is a procession representing a historical re-enadment of the old Yanagawa feudal lords annual trip to Edo, acustom called Sankin-koutai practiced in the Edo period(1603-1867)

中島祇園祭りの起源:

1843年(天保14年)に創建されたとされている八剣神社 (柳川市)の建立に遡る。
有明海漁業の豊漁や干拓地での農作物の豊作を祈願するために始まったとされる。

しかし、下記のような説もある

また「2008年には旧北二重の大蛇山が45年ぶりに子供大蛇という形で復活した。」とありますが確認できていません。

祭り当日、東上町の大蛇山は八剣神社周辺を深夜1時ごろまで巡行させる

参考:大牟田市八剣神社の目玉取り

「7月13日の早朝、境内で大蛇の開眼式(眼は町中の守札を集めて造った物)を執行後、神輿は町内を練り廻り、午後5時頃から揃いの服装で当番山舁連は鐘の音、掛声のにぎやかさの続く中を練り歩く。町々では祇園囃子が鐘太鼓と共に演ぜられる。

14日午前2時過ぎには、鐘太鼓の囃が一層景気よく、大蛇は眼を光らせ火焔を吐きながら動き出し所定の場所へ移動。

この時より全町の群集どよめき、参加しようとする者は殺気立ち、目玉へ跳りかかる。当番青年は非常な権幕で撃退する。大蛇も猛火を吐いてちっとも近づけない。しかし勇士たちも、追い払われても寄せ返しを繰り返し、ついには一斉に大蛇に飛びつき必死に目玉を取ろうとする。山車の上からは、そうはさせぬと頭や肩を踏みつける。

こうして、2つの目玉に多くの若者が勢いよく押し寄せ、目玉を中心に攻防を繰り返す(数十分)、観衆は固唾を呑んでその成り行きを見守る。東の空も次第に明るくなり、人々の顔が見え出す頃には、名誉ある若者が大蛇の眼玉を手にして終了する。
*:現在、時間も遅くまで実施されず、「目玉取り」は危険なため、行われていません。

八釼神社も人家の中、道沿いに接した小さな社ですが、当日はそれほど広くない道路に人が密集して移動ができなくなるほどの賑わいでした。4つの山車の構成が、初めて取材する私には珍しかったです。(参考:柳川三柱神社の「どろつくどん」)

資料:筑後の年中行事(著者:篠原正一氏)
現地説明版

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