八龍神社

黒木町

元禄15年11月8日(1702)12月8日の創建。その後田代村の藩領交換を記念して、柳川藩・立花鑑通公が、旧社殿を現在の地に再建、安永2年5月25日(1773)完成し、今日に至る。

毎年12月8日を例祭と定め、鑑通公自ら大名行列を従えて幣帛を奉り、風流を奉納されていたが、その後藩公の毎年の参向が困難になったため風流と大名壕列を当地の氏子に教え、奉納させたのが起りである。

神社への務めを果たす神果座は、下田代、中田代、田ノ原、山口の4区座で各々8戸あり、全部で32戸の座元となる。

12月8日例祭の当日、神果座より大名行列を仕立てて神社に向う。大名行列は、氏神が座主の家から社殿にお帰りになる時の御伴の行事で、古式豊かに参道を練り歩き神輿を神社の祭段に納め、神社前の舞台に於いて華やかで勇壮な風流を奉納する。

昭和30年3月5日 県無形文化財の指定を受ける。 昭和51年4月24日県無形民俗文化財の指定を受ける


楼門・奉納のための仮設舞台・拝殿・神殿

建造物 (町指定 昭和62年3月31日) 所在 黒木町大字田代

祭神は八種(やぐさ)の雷神(いかづちのかみ)である。以前からの霊地で山伏、修験者の道場・霊場で山の神・水の神として祀られたものである。

この建造物の様式は楼門・拝殿・神殿から構成されていて、楼門は八脚門(やつあしもん)・入母屋で扇(せん)垂木とするところがこの門の特色である。

拝殿は桟(せん)瓦葺きで入母屋造の正面に向拝(こうはい)一間をつけてある。

神殿は大型の三間社流造(さんげんやしろりゅうづくり)、桟瓦葺で霜除け付、正面中央の支輪(しりん)に龍彫物をつけて、上部が蛇腹、下部が瑞雲の彫物で龍の彫物を飾るところは社名に因るものと思われる。

平成7年3月25日 黒木町教育委員会


筑後国柳河藩の第7代藩主・立花鑑通(あきなお)


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