矢倉八幡宮

田主丸町麦生 151号線北側

矢倉八幡大注連杉跡大注連縄杉の切り株

矢倉八幡宮 大注連杉跡の碑(樹齢800年/高さ21m周囲10m)

右写真:竹と縄で囲まれた場所に大きな切り株跡。ここが山辺往還から矢倉八幡への参道入り口。石燈籠は右側にもあります。
下写真の鳥居はこの位置から遠くに見えています。

この神社は、参道の長さから考えても、昔の規模の大きさがうかがわれます。鎮守の森も往時はかなり茂っていたそうです。

ある年、鎮守の森の木を伐って売却したため、来襲した台風の力をまともに受けた神社建物は相当な被害を受けたそうです。

矢倉八幡宮 田主丸町麦生151号線沿い

151号線から矢倉八幡宮

矢倉八幡神社鳥居から耳納山麓・山辺往還の方向を見る。

(*)亀王一揆(天保の一揆)の起点となった八幡宮

天保3年(1832)7月28日~29日竹野郡亀王組の人達が集まり、結果、農民側の犠牲者を出しました。

(*)組というのは、藩から任命された大庄屋があり、その下に各庄屋が管理する村が数か村というように、組織されていたようです。まだまだ勉強中です

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