仲縄忌

(ちゅうじょうき)

高山彦九郎の墓前祭として毎年執り行われています。本年も6月27日11時~12時頃行われました。

遍照院住職による読経

勤王志士高山彦九郎正之先生は、徳川倒幕ならず業半にして寛政5年6月27日午前2時むなしく久留米の地友人森嘉膳氏宅に於て自刃されました今年は214年の年であります。

高山先生は群馬県新田郡細谷村出身にして18才の春徳川封建制度打破運動を起し爾来30年間日本国中遊歴なされし寛政時代の大偉人であります。

香花を供え御霊を御慰め下さい。  真言宗 光明山 遍照院


また、次の歌もあります。

明治天皇 御歌

国のため心つくしの高山の
                     勲を無くて果てしあわれ

昭憲皇太后陛下御歌

ながらへて今世にあらば高山の
                    高き勲を立てましものを

*****

高山先生 辞世

朽はてし身は土となり墓なくも
                     心は国を守らんものを
松崎の駅の長に問ひて知れ
                      心つくしの旅のあらまし

の2つの句が掲示されています。

江藤市長による献酒

市長は群馬の太田市立高山彦九郎記念館を訪ね、
近くに高山彦九郎の生家があったと聞きました。

顕彰会会長(市長)による高山彦九郎への献辞

暑い日差しの下での行事でしたが、今の梅雨の時期では
大雨になることもあり、雨が無いだけでも良かったです。

裏千家久留米支部による献茶

詩吟会による詩吟献納

詩吟会、4人の女性メンバーが
墓前に並ばれて
高山彦九郎の句や会員の句等の
詩吟を朗じられました。

撮影が拙くて、使える写真がありません。
申し訳ありません。


以後、森家の遺族関係者の焼香
そして、最後に一般参加者による焼香がありました。


森鴎外(小倉の師団に在籍中)が、
高山彦九郎の足跡を調査するため、
森嘉膳の縁者が経営する森病院(御井町)を訪た時に、高良山に登ったという話が残っていることを知りました。