有形民俗文化財
(じぞうぼさつちょうぞういたひ)
久留米市寺町35 医王寺 (昭和53年6月24日 市指定) 
地蔵とは釈迦入滅後、弥勒仏が世に生れ出るまでの間、無仏の世界に現れて、生きているものすべてを救う菩薩のことをいいます。
久留米から佐賀県にわたる地域には、室町時代の応永年号の銘をもつ、自然石の板石に彫像された地蔵板碑が多く残されています。
本寺の板碑も、これら「応永地蔵板碑」の一つで、自然石に地蔵立像を浮彫りにしています。表面の「応永五年(一三九八)八月十七日施主敬白」の文字面に「秋花夢念童子」の一行を重ね彫りしていることが判ります。
他に「右志者七世父母立」の銘、裏面には「寛文六(一六六六)九月十八日」の銘があることから、この板碑が江戸時代寛文期に、童子供養のために転用されたものと思われます。
久留米市教育委員会
【板碑について】
久留米地域では医王寺の応永五年(一三九八)銘のものが最も古く、しかも室町期のものと思われるこの地域の六基のうち五基が、応永年間の銘を持っていることは、そのころ、この地域での地蔵信仰の急激な高まりをうかがわせるわけである。応永年間でも最古の地蔵像は、地上60cm、幅36cm、厚さ21cmの板石に尊容が刻まれ、左側に「応永五年八月一七日施主敬白」とあり、右側に「右志者七世父母・・・」と刻まれ、その古銘の上に寛文六年(一六六六)九月愛児を失った佐藤口助が、その子の「秋花夢念童子」の墓名を刻んで、愛児の成仏を祈る思いをこの地蔵に託した愛情がうかがえる板碑である。
[久留米市史 第1巻(p741)]