今村カトリック教会の位置

ジョアン又右衛門殉教の地

(通称:ハタモン場)

所在地:三井郡大刀洗町南本郷(通称流川)

前面から見た教会

細い道の途中にありました。

ジョアン又右衛門殉教記念碑

ジョアン又右衛門は幼名又五郎、後に五島の宇久島に渡り受洗、ジョアンの洗礼名を受け後藤寿庵と名のる。奥州を再度訪れ、その地で伊達政宗の厚遇を受けたが、1620(元和6)年、徳川幕府のキリシタン禁教弾圧のため政宗により追放された。主キリストの教えに徹し、苛酷な迫害の最中にも九州、特に今村、本郷を中心にひそかに信者村人たちを教え導き筑後地方に大きな感化を与えた。幕府は地元の大庄屋を通じて彼を捕え厳しく棄教を迫ったが信仰を固守し断じて応じず、ついに人々の見せしめとして此の場所で磔刑に処せられたと代々言い伝えられてきた。

ここは「ハタモン場」といわれ、信仰の灯を伝えてきた殉教地である。今般ここに殉教者ジョアン又右衛門の信仰を讃え、後世に伝えるために記念碑を設立する。

1987年12月建立

ジョアンの遺体は夜になり信者によって戸板に乗せられ、今村の西小路の竹藪に運ばれて埋葬された。その後、潜伏キリシタンは埋葬場所を「ジョアン様のお墓」と称し、毎月20日を「あたり日」と呼び、履物を脱いでお墓参りをして祈りを捧げた。現在の今村天主堂の祭壇の下がジョアン又右衛門の墓といわれている。

数回、現地取材に行き、太刀洗小学校付近で、ようやく辿り着けました。
つつましいけれど、きれいに整備されていました。信者ではないため祭壇の円柱の下部、魚の文様の下にはギリシャ語でΙΧΘΥΣ(イクトゥス)とあるが「魚」を意味する。
と同時にΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ ΘΕΟΥ ΥΙΟΣ ΣΩΤΗΡ (ギリシャ語でイエス、キリスト、神の、子、救世主)の頭文字を並べたものでもあるということです。

(*)「ΙΧΘΥΣ」については青木様より教えて頂きました。ありがとうございます。

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