「羽犬塚」の町名由来を見つけました

宗岳寺


所在地:

筑後市、209号線沿い、羽犬塚小学校そば

地蔵尊の幟がたくさん立ち並び、境内は小ぶりながら、きちんと清掃、整備されています。活動も盛んなようで取材当日も会合が催されていたらしく、多くの方々の姿を見受けました。


境内にある説明板をそのまま転記させていただきました。

左写真: 右:犬の塚 左:豊臣秀吉公寄贈の六地蔵
もと、この地を葛野(くずの)といった(延喜五年の延喜式駅馬の条に)。のち天正15年(1587)豊臣秀吉九州進軍の折この地に来て羽のある犬が居て死んだ。それをこの地に埋めそこに塚(墓)を建てた。これを羽犬塚と称した。この羽犬塚をもって地名とした。

根拠

1.羽犬塚六所権現縁起(元禄15年 1702)?に天正文禄の頃関白秀吉公薩州下向の時羽ある犬を召され給う。この犬?に死別宿町のほとり塚を築く。これより羽犬塚町名付と云う。
(注)?部分:漢字1文字(「釆」の下に「友」)

2.筑後誌(安永6年1777)羽犬塚里老伝へ云う。往昔両翼の犬隠れ住んで往来の人馬を害す秀吉公九州征伐の時狩してこれを殺し此所に埋めて石碑を建て羽犬塚と号す後年民家を建て駅所となる。

以上愛犬説と暴犬説がある

(1)の愛犬説は賢い犬が居て人々から可愛がられ惜しまれて葬った。
(2)は暴犬説で人畜に害を与え世をあげてふるいあがらせた。当寺(宗岳寺)境内に高さ3m位の五輪之塔の大きな基石が建てられていかにも犬の墓としては堂々としたものである。どのように考えても悪いことをした犬の墓とは思われない。
町名の起こりを伝える大切な犬の墓として郷土の誇りを伝える愛犬の墓として保存しよう。

六地蔵尊の由来について

犬の塚の横にまつられている六地蔵尊は豊臣秀吉公が当寺に来たときに寄進したものです。(筑後秘鑑による)

昭和50年8月5日 宗岳寺護持会


この近くのお寺の幼稚園に通園して、そこで境内の銀杏を拾った記憶があり、「羽犬塚」という地名に懐かしさを覚えます。以前に「九州に来ていた羽柴秀吉の愛犬が死んだので、塚を建てて葬り、羽犬塚の地名の由来」と見た記憶があります。免許の更新に来る度に「山の井」のあたりを通っては昔の面影を探していましたが、今回、宗岳寺でこの塚を発見しました。

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