航空母艦「千歳」

千歳のレリーフ千歳 碑文

(水天宮の境内、説明板による)

空母「千歳」について(wikipedia)

軍艦千歳郷土会に就いて

軍艦千歳が呉海軍工廠で竣工、就役間もない昭和13年10月久留米を中心とした筑後地方一帯より、1900余名の有志の方々で軍艦千歳会を発足させ(会長 石橋徳次郎氏 当時久留米市長)その頃珍しかった蓄音機、レコード、絵葉書、及び軍艦旗など多数献納されております。
この度の千歳慰霊碑建設に当たっては生存者及び遺族の方々は申す迄もなく、軍艦千歳の事を全く知らない多くの方から、又筑後川遥か上流の方々からも暖いご協力を賜り見事な慰霊碑が出来ました。軍艦千歳は六ヵ年の短い生涯でありましたが、他の艦に見られない一般の方々の祝福を受けた幸せの艦であったと思います。
艦長、副長機関長など幹部の方々は殆ど戦死いたしました。もし艦長存命ならば皆様に対し、どんなにお礼の言葉を述べた事でありましょう。

昭和53年10月25日
軍艦千歳慰霊碑建設委員会

三百年前は筑後川を千歳川と読んでいたそうであります。

「いつよりの千歳かわかぬ千歳川始めも果てもなき名なりけり」

*)千歳が沈没した同じ日、神風特別攻撃隊が初出撃しています。

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