工藤謙同

(1801-1861)

久留米の地で初めて蘭方医学を開いた名医である。
豊後の国杵築の医家に生まれ、蘭医シーボルトや宇田川榛斎に医学を学び、切に乞われてこの地で医業を開いた。謙同は淡白。寡欲、磊落で、しかも信ずることに篤く、漢方医の圧迫に屈せず、また国老の藩医の推挙も固く辞して受けなかった。謙同は特に真木和泉守と親交を結び、共に国事を論じ、また海外の情勢、西欧学術の進歩につき、和泉守に新知識を授けた。これが和泉守の藩医学の刷新、医学館開設の上申となり、引いては国防開国論を唱えた佐久間象山を朝廷に推挙することになった。謙同は和泉守に先立つこと3年、この地で没したが、その男子3人はいずれも医業を継いで名声を博した。

(水天宮境内、説明板による)

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