十五夜さん大綱引き(毎年の十五夜:旧暦8月15日)

supermoon2014年
神前のお供え
神殿への供え物のススキなど

1:祭りの由来

この大綱引きは、農民や庶民が五穀豊穣・無病息災を願って、約400年くらい続いてきた秋祭りですが、昭和12年の日支事変の勃発で中断し、昭和52年に復活したものです。ちなみに中断する前の大綱引きは、現大石町の京町校区コミュニティセンター付近の路上で行われていたそうです。

2:大綱つくり

足場に飾られていた大小の綱

完成した大綱・小綱が境内足場に

右は各町内用の提灯たち

戦前までの大綱つくりは、大石村の皆さんが祭りが近づく2~3カ月前(5,6月ごろ)から各家庭を回り、余っている粗縄を集め、毎日その縄を編み上げ直して、大綱を作ったそうですが、この大綱を作り上げる過程が住人同士の交流の場となり、親睦と融和を図る場となっていたそうです。

今の大綱つくりは、午前6時ころから11時過ぎまで50名程度の大人で作り、その後、小綱つくりを午後2時頃まで行います。

提灯の準備


大綱の形態

参考までに:

2012年の大小の綱は、2週間ほど前、100名位の参加者が午前6時から6時間ほどかけて作られたそうです。
芯に荒縄、外側には新しく作られたきれいな縄を外に巻いてあるそうです。


行事日程

17時過ぎ 神事・開会式

満月会と染め抜いた法被姿の子供や大人衆が神社境内に集まってきます。

18時過ぎ 小綱地区回り

法被姿の子供と大人衆が、高張り・弓張り提灯を先頭に、小綱を担いでワッショイ・ワッショイと掛け声をかけ爆竹を鳴らしながら、七本の小綱が、七つの地区・町内を練り歩きます。(1時間ほど)

小綱の出発 小綱の出発2

2014年大石北のチームを追って取材しました。近くの「引越しのサカイ」で社員の皆さんと綱引き。

19時40分ごろ

小綱引きが帰ってくる。 神社から遠い地区は1時間近くで戻ってきました。

小綱・子供たちの帰還1

十五夜さん綱引き世話人衆 小綱の帰還4

19時 大綱の地区回り (町内を回ることで結界を張り、今後1年間の無病息災・五穀豊穣を願う)

大人衆が松明を先頭に、高張り弓張り提灯をかざし、50名程度で担がれた大綱が太鼓の合図をもとに境内を出発、
大石町内をワッショイ・ワッショイと練り歩きます。

大綱おろし1 大綱おろし2 大綱おろし3

足場に立てられていた最後の大綱を降ろす。

大綱おろし4

大綱の出発1

大綱が出発した後の境内では、子供たちによる小綱引きや6年生の児童による「石抱え」が行われます。

大綱出発2

出発してすぐ、笑顔で一杯です。長さ35m、重量1tの大綱、70cm間隔で総勢50人とすれば1人で20㎏の負担です。

先頭のおじさんは、時々ずいぶん先へ行ったり、コースに自信のないような様子・・・女性の皆さんはお元気で、「そっちやろが!」「なんばしよっとね!」といった叱咤激励の言葉が出ていました。

大綱の道中1

コースの途中、それぞれの自宅前などで、大綱を見ようと人が出ておられましたが、明かりのない暗い道も多く、休憩所にたどり着くまでは心細い思いをしていました。

いいショットを撮りたいので大綱の前に出たり、後ろに下がってみたり、コースも分からぬまま・・・・・・・途中でへたばって帰りたくなったほど。

大綱の道中2

どこか青木繁の「海の幸」に似ていませんか?


19時20分ごろ 小綱引き、大石抱え

子供綱引き

大綱が出て、子供達が小綱引き

女子の大石抱え

小学校6年生の子たちによる大石抱え競技が行われましたが、「男顔負け」なんていえない。女子の力強いこと強いこと.
見ていて気持ち良かったです。

20時40分ごろ 境内に大綱が帰ってくる

大綱の帰還

松明も元気も燃え尽くしたか、
出発時の元気に比べると、
若い人たちも相当疲れた様子。

盛り上がった会場では、
名物の串差し芋が配られます。

大人たちの「大石抱え」

右下の画像は境内社にあった恵比須さんの頭部です。

大石抱え

境内は大勢の人々。空には十五夜の月、境内には5~6個のかがり火

大綱引き (ゲンゴベの綱引き)大人(平氏)と子供(源氏)に分かれて引きあう。

東西に分かれての2回戦

綱引き1綱引き2

「ゲンゴベの綱引き」大人(平氏)と子供(源氏)に分かれての2回戦(なぜか大人が勝てない)

げんごべ(源平):子供対大人 勝利は子ども側ゲンゴベの2

21時頃 閉会式・解散

閉会式の後、大人たちが綱・提灯・足場等、後片付けをして解散。お世話になったお礼に、少し手伝いました。

昔は締めくくりの「打ち上げ」が境内で行われていたが、最近は各地区ごとで「打ち上げ」をしているそうです。

神社に一番近い町内の会にお邪魔して雰囲気を味わえました。

7つの町内会が順番に当番を務めるそうです。
その年の当番の会は女性が朝の6時頃から出て昼食・お茶の準備。8月15日は芋名月でもあるので、それにちなんだ串差の里芋の準備等々、一切を引き受けるのだそうです。(里芋は150㎏、薩摩芋は30㎏)

7つの町内会長の集まりが満月会を構成し、この会が祭り全体の運営をおこなっているとのこと。

「十五夜さん大綱引き」久留米市の説明板より

大綱引きの正確な由緒や開始時期は不詳であるが、口伝によれば約400年前の江戸時代初めの頃から、伊勢天照御祖神社(通称大石神社)の氏子の人々が名月の夜に綱引きを行ったものと伝わる。綱引きをしなかった年には悪疫がはやるとの伝説もあり、無病息災・五穀豊穣を祈願して行われた行事であると考えられるが、大綱の形状が、一方の端に丸く輪を作り、他方を二叉に分けることから、大蛇の姿を表現したものと考えられ、筑後川を鎮めるための行事とも言われている。

昭和12年に戦争の影響で途絶えたが、昭和52年に廃絶前を知る人に聞き取りを行い、古い形態を復活させた。

大綱引きは毎年旧8月15日に開催される。使用される大綱は長さ35m、太さ35cm程で、約1tの重量がある。大綱とともに長さ10~15m、太さ10~15cmの小綱も準備されており、当時の夕刻、綱の奉納神事の後に大綱小綱を担いで町内を練り歩く。

綱引きは東西に分かれた地区対抗戦後、源平合戦に見立てた子ども(源氏役)対大人(平家役)の綱引きが行われる。この綱引きは「ゲンゴベの綱引き」と呼ばれ、子どもが必ず勝つことになっている。

綱は神聖なものとして、その後正月まで絵馬殿に保管され、正月の深夜0時に御神火式を行い、焼納される。また灰は「御神灰」として参拝者に分配される。

盆綱引き行事は、1996年の福岡市の調査データによると、県内ではかつて61例が存在していたとされるが、調査時点で既に29例が廃絶し、4例が形を変えて存続している状況であり、伝統の通り実施しているのは28例に過ぎないと報告されている。なお、筑後では14例が確認されており、内11例が廃絶している。

久留米市内では、近年まで大善寺町や安武町で実施されていたと伝えられるが、現在はこの「十五夜さん大綱引き」を除き、ほとんど行われていない。

筑後地方の盆綱引きの一例として、失われつつある民俗行事を守るため平成22年8月26日に久留米市指定の無形民俗文化財となった。

編集後記

今年は体力に自信が無くて、小綱引きは大石北のグループについて取材しました。途中「引越しのサカイ」の事務所前で社員の人たちと綱引きをして交流をされていました。この人のつながりが、地域の子供を守り、育てる大きな力になっていると感じました。(2014年)

この大綱引きに関連したことは、当日朝からずっと、忙しく活動されている満月会の役員さんたちに、すべて教えていただきましたが、この行事を地域おこしとしても大切に考え取り組んでおられる姿が印象に残りました。

皆さん本当にお世話になりました。


このようなイベントを各地で取材する機会があるのですが、
2,3世代前から住んでいる家族の多い、この地区内での人々のつながりが醸し出している和やかな雰囲気に感心します。

鬼夜、久富の盆綱引き、黒木町の旭座人形芝居や大石町などでも感じた「和やかな雰囲気」は素晴らしく貴重なものだと思います。

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