四阿屋宮

あずまやぐう

四阿屋宮と鳥居

「神社記」
1760年(宝暦10)に「養父郡宗社四阿屋大権現」と記されている。
「肥前風土記」
「景行天皇がこの地に滞在し、仮殿を建てたので四阿屋と呼ぶ」とされている。
(人々は宮殿跡と見なしていた)
「四阿屋神社縁起」
668年(天智元)この地の地頭・佐山某が社殿を建て、
大和武尊の分霊を尾張・熱田神宮から勧請したという。
その時、多くは東神社と呼ばれている。
牛原の獅子舞:(4月2日)
午前10時から牛原町・香椎宮
午後2時から四阿屋神社にて
雌雄2頭の獅子に各々、前・後役が入り、子供が「獅子つりの御幣」を振って動作を促すのにあわせ、演舞する。
宿の鉦浮立:(4月29日)
五穀豊穣・無病息災を祈願し、宿町車路(文化会館)から船底宮まで
9時:文化会館を出発 、(幟・道ばやし・鉦下げ・太鼓打ち)が練り歩く
10時:鳥栖市役所で1回目の浮立
11時50分:船底宮で浮立奉納
養父のはぐま行列
蔵上の御田舞(おんだまい) (10月20日前後の日曜)
稲作の一連の所作を芸能化した豊作祈願の予祝的伝統的行事
旧暦2月15日に奉納されていた記録があり、約1300年前の天智天皇頃から始まったと伝えられる
○長暦元年(1037)筑前国太宰府から老松宮を勧請された。「養父郡神社記録」
○長久2年(1042)山城国北野から勧請された「鳥栖民俗」
昭和29年に鳥栖の市制施行記念に復活された

四阿屋宮前の川

鳥居の神額 高良大社座主・寂源の書

昭和30年四阿宮での祭礼
昭和30年:四阿屋宮での祭礼(宿公民館から頂いた写真)


左の「鳥居の神額」が高良山座主・寂源権僧正の書


「勝尾城・筑紫氏遺跡」 ここは山の裾部で、近隣には城館の跡や家臣団などの遺構がたくさん残る貴重な地域です。
1400年代に築城され、天正14年(1586)に筑紫広門が守っていたが、島津軍の攻撃で落城。標高501.3m、

安良川とその支流・四阿屋川にはさまれ、支城は鏡城・葛籠城・高取城などがあった所です。

資料:鳥栖市誌


対岸から

川を渡って階段を上がると四阿屋宮

map四阿屋宮と3つの宮

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