大川市立清力美術館

(旧清力酒造本館事務所 1908年(明治41年)市指定)
〒831-0008福岡県大川市鐘ヶ江77-1  電話:0944-86-6700

旧清力酒造株式会社は、初代社長中村綱次を施主とし、
三又村大字中古賀の筬島傳太郎が大工棟梁で、明治39(1906)年に着工、明治41(1908)年に竣工。
中村綱次が大工を伴って長崎の洋風建築を視察し、設計の参考にしたと伝えられています。

清力美術館外観

木造2階建ての洋風建築(284.56m)と和風平屋の倉庫部分(135.83m)から構成されています。

玄関ポーチから入った1階廻りは通り土間を中心に右手西側の社長室・応接室(市民ギャラリーA・B)が洋風の造りを基本とするのに対し、
左手東側の事務室(受付・ラウンジ)の間取りと造作は日本の伝統的町屋の造りを思わせ、
洋風と和風の意匠がともに見られる極めて特徴のある室内構成となっています。

2階広間、幾何学模様の格天井は華やかで、扉やカーテンボックス、シャンデリア、家具調度などの装飾が目をひきます。
正面玄関ポーチにもヨーロッパ古典建築様式を用いた角柱や柱頭の締り型彫刻など豊かな装飾がみられます。
外壁は白一色にペンキが塗られ、屋根は寄棟で瓦葺きとなっていました。

事務所2階広間は昭和30年(1955)から昭和61年(1985)まで「清力美術館」として愛好者に親しまれてきました。
収集された近代絵画の数々が展示され、なかでも青木繁「晩帰(漁夫晩帰)」や東郷青児「パラソルさせる女」などは、
それぞれの画家の代表作の一つとして注目をあつめてきました。

このたび広く市民にひらかれた文化遺産として保存活用をはかるため、「大川市立清力美術館」として会館いたしました。文化財保護法にもとづき、建築の細部まで復元が試みられています。また、多くの市民の方々に活用していただくため、耐震構造補修、空調設備、バリアフリー、最適な展示照明などの美術館機能に配慮した細心の注意が払われています。ヨーロッパ古典様式の意匠をちりばめ、白亜の概観と緑青色のインテリアを基調としたこの明治洋風建築の空間を、新たな文化拠点の場としてご活用ください。

大川市教育委員会(現地説明板より)

現在、青木繁の作品「晩帰(漁夫晩帰)」は広島県廿日市市吉和ウッドワン美術館に移されています。

青木繁は晩年、清力に滞在して「晩帰」を描き、完成後も、ワニス塗りなどのために数度訪れていたようです。
*)ワニス塗り:油絵の表面を保護するために作品完成後に塗布するもの。昔の作品などは、ワニスを剥がして、新しく塗りなおすと、表面についた汚れやタバコのヤニ、クスミが取れて、それまでに比べて色が鮮明に生まれ変わったように見える。

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