風浪宮大祭

勝運守護・導之神
勅命社

福岡県大川市大字酒見宮宮内御鎮座
風浪宮社務所 〒831-0016大川市酒見726-1
電話 0944-87-2154 FAX 0944-87-8543


仮設舞台と神輿の奥に大きな注連縄が飾られている拝殿

2015年大祭主要日程表

2月9日  
午前10時30分 本祭典  
午後2時    舳先祭
2月10日  
午前9時30分  献花祭  
午前10時30分 献茶祭  
午後2時    お発座祭
2月11日  
午前8時30分 お潮井汲み  
午前9時30分 御発輦祭  
午前10時50分 お潮井詣り(巡幸祭)  
午後2時20分頃 下の宮祭典(巫女舞奉納)  
午後3時30分  流鏑馬(大川市指定無形文化財)  
午後4時    奉納 太鼓演奏

2016年山門に掲げられた大川組子 ・干支の猿と桃の絵が中心・大きいです。


2月8日(日)裸ん行


30分の行程を寒空に走るのです


子ども会の女子も神輿をかつぎます


露天のたこ焼きなどに魅せられる子供達


拝殿前に整列し始める

あっという間に、拝殿前は超満員に。お祓いを受けます。(翌日のニュースでは参加者600人)

裸ん行の由来

風浪宮大祭は、御神霊を御輿にお遷し申し、氏子区を一巡されるもので現在の祭の形に整えられたのが寛文九年(1669年)と文献に記録されており、歴史性から観ても、年に一度の重義と称すべきである。
 当初裸ん行は、大祭期間に、神詣でをする前に各個人が川や家の風呂等で禊を済ませ、大祭前夜に男は締め込み姿、女は髪すき流し、手鏡を持って神社に参拝し厄除けを願い奉る習わしだった。
 戦後は各種青年団体が参加するようになり、より盛大になっている。
 邪気退散と書いた「大うちわ」を先頭に締め込み姿にねじり鉢巻、白足袋の出で立ちで、片手に松明(たいまつ:青竹に布を巻き油を染みこませたもの)の火を灯し12〜13基の樽御輿を担ぎ、約3キロの道のりを、若津神社から風浪宮まで“ワッショイワッショイ”と掛け声勇ましく街中を掛ける。
太鼓が打ち鳴らされる中を、風浪宮に到着後、本殿を3周して神職の御祓いを受ける。
  ・参加者 YOCA等各団体総数約500名前後
  ・コース 若津神社−東町−大正橋−えのつ橋−下の宮(ここで一旦勢揃いをし)−本宮
  午後7時30分出発−午後8時前後本宮着
 昨今は、参加者が増えたため本殿3周が1周になり、拝殿前で御祓いを受けた後に、この地独特の節まわしで「イワイマショ」の掛け声での打ち込みをして終わるが、その後は見物人や参加者へ鳥汁や樽酒がふるまわれ冷えた体を温めてもらっている。

(大川・風浪宮)のサイトより転載させて頂きました。

以上は最新2015年取材
*)お断り:以下の記事は2年前のものですので、内容が変更になっている場合があります。


2月9日(土)本祭典

舳先祭

風浪宮から舟で渡ります。

小さな社です。

ひとしきり神事が行われると、別ルートで地域を巡回し風浪宮へ戻ります。
旗は「后船来葦戦」と「瑞運満天地」

生式時代末期、神功皇后が朝鮮半島に兵を進められた際の帰途、軍を率いて葦原を分けて上陸、宿営された地と伝えられています。以前は祠がありました。
昭和62年改築され、現在の社となりました。
この辺りの川辺や堀岸に自生する葦は「片葉の葦」と呼ばれていて、神功皇后の軍が船を下りて上陸するとき、葦を押し分けて進んだので片方の葉が落ちてしまい、以来、片方だけが茂る片葉の葦になったと言い伝えられています。


2月10日(日)

大正琴


大正琴:演目を解説しながらの演奏

献花祭 午前9時30分

    

神様に向って松の枝を活けますが、息をかけないようにマスク着用
常に拝殿に対して体は正面を向けておられます。

献茶祭 午前10時30分

海産豊漁祈願祭 午前1時30分

お発座祭:(年塚宮稚児行列)


風浪宮の近くの小さなお宮です。


神輿の後ろには神主さんたちが続きます。

稚児行列の帰着


2月11日(月・祝) お潮井汲み(交通規制図

御発輿祭

神輿遷霊の儀(風浪宮本殿)

お潮井詣り(巡幸祭)

御神幸祭(下の宮祭典)

流鏑馬

風浪勝運太鼓


*)神賑行事(2月9日~11日)

舞踊・大正琴・吟詠・狂言・謡曲・仕舞等、毎日いずれかが奉納されています。


左は佐賀の「松梅の串柿」右は「黒木の串柿」ベテラン2人の興味深い話をうかがえました。 この縁日で売られていた串柿の袋には左のようなものが付けられています。
かなり昔から使用されている意匠のようです。


ここは「おふろうさん」と呼ばれて親しまれている御宮ですが、歴史のあるだけに、昔から山や農家の産物を持ち寄る物々交換の市で賑わったという名残が出店の中からもうかがえます。
たとえば「串柿」や「竹製品(ザルやオロシ器、箒)」の店があります。

この行事は、古くは旧歴10月末=年末に催され、正月飾り用に使う「串柿」と「葉つきミカン」は飛ぶように売れたそうです。その後現在の期日で開催されるようになった。
往時は「串柿」の店が20店以上も並んだ(数が多いので一店が戸板1枚分のスペースしか使えなかったとか)

「串柿」は黒木の農家で栽培した串柿を。また佐賀の松梅で作られたり、八女の業者の製品を仕入れた串柿を販売。
「ショーケ(竹ざる)」「ホーキ(ほうき)」等、竹製品は佐賀県武雄あたりの方が来て販売されています。

カルメラ焼き・砂糖菓子を売る75歳のおじさんが「もう今年が最後の出店」と・・・。時代は変わるにしても無くなるのは寂しいものです。幼少時、火鉢の上でザラメを溶かし、確か重曹を少し入れていそいでかき混ぜると膨れるが、何かの具合で膨れず、失敗することが多かった記憶があります。味よりもそんなことが懐かしく思い出されます。

初めての風浪宮取材でしたので、未完成です。次回、取材を重ねて再構成します。2013年2月

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