この橋は元禄11年(1698)に造られ、明和2年(1765)に橋中央の大きな桁を中心に大修理を行っています。福岡県内に残る石橋では3番目に古いもので、通称「山北石」と呼ばれる生葉郡山北村(現浮羽町)から産出していた石を使用しています。昭和50年に県道拡幅工事によって解体されていましたが、石材の修理を行い、手すり以外は造られた当時の方法で300年ぶりによみがえりました。
1998年 3月竣工 (久留米市教育委員会)
大橋の全景・背景の山は耳納山脈です。


大橋町の町名の由来となった石浦大橋は、江戸時代、久留米城下からの豊後街道が巨勢川(巨勢川)を渡る地点に架けられていた石橋です。 |
この橋は元禄11年(1698)に造られ、明和2年(1765)に橋中央の大きな桁を中心に大修理を行っています。福岡県内に残る石橋では3番目に古いもので、通称「山北石」と呼ばれる生葉郡山北村(現浮羽町)から産出していた石を使用しています。昭和50年に県道拡幅工事によって解体されていましたが、石材の修理を行い、手すり以外は造られた当時の方法で300年ぶりによみがえりました。
1998年 3月竣工 (久留米市教育委員会)
大橋の全景・背景の山は耳納山脈です。

