松崎城・宿場と周辺地区

ここは、有馬藩2代目忠頼の養子になった有馬豊範が、松崎藩1万石として整備したもので、南北の構口が現存する貴重な場所です。

松崎宿地区と周辺の地図

*)

左の地図は、松崎宿を中心に編集していますので、
周辺部については距離等が正確ではありません。

北構口と北枡形

北構口

500号線小郡IC南信号と小郡松崎信号の間
(松崎記念病院の傍)から斜めに入ると、
左の北構口に出、さらに下の北枡形に続いています。

北の枡形奥に北構口

北構口の枡形:後ろが油屋の通り(500号線小郡IC南信号を南に曲がった通り) ・右側画像の奥は北構口(500号線へ)

油屋

油屋正面・左側が復元された離れ

正面が油屋、左側:復元された「中油屋」(油屋駐車場から撮影)
2階には10部屋ほどはあるようですが、各部屋の区切りはあまり分らず、隣とはふすま、障子ですから、当時どのようにして活用していたのかが分れば、また面白いと思えます。
電線が入らなければ良いのだけれど。

油屋看板

本陣

油屋の前を南へ進むと、右側に白塀(本陣?が見えますが、現在、残念なことに何も残っていないそうです。

桜馬場

さらに進んで、交差点を右折すると、桜馬場の通りへ出ます。

桜馬場

この場所に来た時、桜の枝が頭に触りそうなほど低いので
桜が満開の時期、ここを歩いたら、どんなにか幸せな気分を味わえるだろうかと想像したことがあります。
桜馬場の道を挟む形で、両外側に生活道路が確保できれば、すばらしい景観が保てると思いますが、
現状は、ここで生活する人たちにとって、桜の木が車両通行の妨げになるのだから、悩ましいです。

野田宇太郎記念碑

野田宇太郎記念碑

彼は、久留米の詩人・医者、丸山豊と交友があり、同人誌も出して活動していたようです。
桜馬場に接した、この場所に隣接する幼稚園が野田宇太郎の生家跡です。

松崎城址碑

松崎城址碑

三井高校の場所が城のあった土地のようです。
城というより館に近いものだったようです。
学校の周辺部には竹やぶが多く茂っていますが、
非常時には竹を切れば、切り株が敵の侵入を防げるのだと聞いて感心した記憶があります。

南構口

南構口

この南構口の位置は、少し分りにくく、南からこの場所を目指して来ても、なかなか到達できませんでした。

昔の街道の幅を計ると460cmありました。
(南北とも構口の幅はほぼ一緒でした)

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