早馬まつり(隼鷹神社:横隈字天神木)

祭神:
高御産巣日神
大己貴命
彦火々出見命
高皇産霊神
境内神社:
事代主神社(事代主神)
創建:不詳

大行事神社(大己貴命)は字狐塚に、龍神社(彦火々出見命)は字鬼川原に、天神社(高皇産霊神)は字元宿に祭祀してあったのを合祀した。

神社の縁起によれば、仲哀天皇が熊襲征伐のおり、大保の行宮で天神地祇を祀った。
その時、高御産巣日神の姿が鷹となって現れ、北をさして飛び去り、この地の大松の梢にとまった後消え失せた。
後に神功皇后の勅により、高御産巣日神の神霊を祀ったところ、鷹になって現れたので、神号を隼鷹天神といって御神体として鷹を安置したという。

その後松は枯れたので、楠を以てこれにかえた。今の大楠はその神木といわれる。
境内に池があり、湧水(清水)が自然に出ている。
例祭の神事に早馬の行事がある。

(以上「小郡市史第三巻」より)

横隈宿・本陣跡などの地図

平成17年に創建千八百年を迎えた、横隈区の氏神として鎮座する隼鷹神社で行われる伝統的な祭りである。(平成10年、小郡市無形文化財に指定された。)

毎年12月16日に行われていたが、
近年の社会情勢の変化により、15年度より地元民の総意により、
開催日は11月の第3日曜日に変更された。

神社総代と当番氏子は、前の週に其の年の新稲藁で早馬を作る。

早馬は神前で宮司のお祓いを受け、
その後、30余名の氏子は宝満川で禊ぎをし、早馬を担いで神社に参る(午前中)。
氏子2組に分かれて区内の各家を廻り、その年の、家内安全と無病息災、五穀豊穣を感謝し、来る新年が良い年になるよう祈願する。

当神社の例祭は例年通りに12月15日齋行されている。

平成17年11月吉日  小郡市教育委員会(現地説明板より)

隼鷹神社は筑前街道に沿った横隈宿の北に接した位置にあり、
地元の人に聞くと、創建されたのは英彦山と同じ頃らしい、歴史のある神社とのことでした。

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早馬の「うま」作りの材料(稲藁)は品種改良を重ねる中、稲の長さが20㎝ほど短くなったため、注連縄を作る時と同様、仕上がりが違ってしまうので、工夫が必要だと伺いました。

早馬祭:一日の行事の流れ

午前11時頃:横隈公民館に集合、近くを流れる宝満川で禊ぎをする。
禊ぎから公民館へ
公民館へ戻り、前もって作っていた2つの「うま」を担いで、隼鷹神社へ。
隼鷹神社・拝殿内で早馬を立て、声を合わせて「・・祝言」と言って三拍手。
神社から横隈公民館へ移動
広場で「たてがみ」を除いた2つの馬は二手に分かれて、横隈宿(300軒ほど?)の各家を廻る。

不幸があった家庭等の訪問を避け、扉の開けてある家の玄関内で、神社の時と同様、早馬を立てて一連の所作・・・各家は酒・肴で接待)ホースやバケツで水をかける(男の子は喜んで一生懸命でした) それが終わると、公民館へ戻り解散・終了。
編集作業中に、他地区で行われる「獅子を使う門付け」と共通しているように思えましたが、調査や画像がまだ不十分で相違点なども明確に把握できていません。

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横隈宿北方面横隈南

横隈公民館(本陣)→如意輪寺(奥に枡形、先方に北構口  本陣→久留米方面(府中宿)方面

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