弓頭神社(旧郷社)

拝殿楼門

本社は水沼別(みぬまわけ)の始祖、国乳別(くにちわけ)皇子を主祭神とする。
成務(せいむ)天皇は「昔、国造を封せられる時は必ず楯矛(たてほこ)を賜いて其表(そのしるし)とす」とあり、第12代景行(けいこう)天皇の皇子国乳別皇子が「古式に則り、高三潴の地にご在所を定め給ひて、久しく筑紫地方を治め給へり」に由来するものと思われる。
この高三潴は、水沼君累代の政治の地であり、古代行政・文化の中心として繁栄した処である。
古伝説に「神功皇后征韓の砌(みぎり)、弓大将なるが故に、弓頭大明神と称(とな)え奉られる由」と言い伝えられたとの説もある。
国乳別皇子の御墓は烏帽子塚(弓頭神社御廟塚(ごびょうづか)とも云う)と称し、本社西北3町(約300m)あまりの処にある。
明治6年6月、郷社に定められる。
なお、神社が所蔵する銅剣、石包丁、石戈(せっか)、耳環(じかん)は町の文化財に指定されている。

平成十年三月 三潴町教育委員会

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