田川西獅子まわし

毎年、7月第2日曜日、8時出発

全員集合して諸注意、お祓いの後、行列を整えます。

先頭の先払いは榊を持ち、赤鬼面・黒鬼面、浄めの水桶を担いで続き、獅子2つが殿となり、社殿を時計廻りに巡って出発。

昔に比べれば家も人も増え、田んぼが少なくなりましたが、それでも田植えの済んだ水田の中を西鉄電車が走る田園風景が見られます。

道の途中、長老の方達に話を伺いました。

彼が小学校の頃、当時の子供達は、田植えなど、農繁期になると手伝いのために早退や休みが認められていたことは、各地方でも普通のことでしたが、田川西の子供達だけは、それに加えて、このお祭りでも早退や休みが認められていたそうです。

農業に携わる人たちにとって悪疫退散・豊作、五穀豊穣は切実な願いだったため、この時期に各家庭を廻り、家の中まで土足であがり込み、獅子の口に頭をくわえることで各人の無病息災も祈るため、怖がって隠れた新婚早々の嫁の頭を咬むこともしていたそうです。

現在は神社を出発すると区域内を順次廻り、時折、獅子まわしの踊りを舞い、家の前で待っている人々、子供の頭を咬みます。

時折、怖がり泣き喚く幼児は他の地域でも見かけますが、赤・黒の獅子が頭を咬みます。(実際は開いた口の中に頭を入れるだけ)

(普通なら「獅子舞」と説明されることが多いのですが、地元で「獅子まわし」と言い習わされているのには、各家庭を、戸別にまわる(=まわす)という意味合いが含まれているとのことです。)

 

三潴駅前で休憩後、大獅子・小獅子の踊りの後、神社に戻り、踊りを奉納(11時半頃終了)、地区の人達はこの後、会食の後解散。
この神社の位置している場所も、元々は城のあったところだと伺いました。

獅子頭が壊れたこともあって、戦争前頃から中断されていたそうですが、何とか復活させたいとの願いから獅子頭修理に取組み、しばらくして活動を再開されたそうです。以前は東田川にもあったようです。このような伝統行事は 地元の人々の密接な関係を保つための大切なものです。ぜひ続いて欲しいと願います。

神社の記録に大正5年頃、獅子頭の修理について記述があるが、それ以前のことは明確でないようです。

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