水車小屋のカット香櫨亭通信 のタイトル

第6号

平成5年(1993)
3月22日発行

三月五日(金曜日)は

ぽかぽかと暖かい好日でしたねえ。そのせいかどうか、わが香櫨亭には、ぜんざい二組三人、コーヒーも二組三人のお客様がありました。閑古鳥が鳴いておりましたときとて、有難いことでした。

お客様のうち北九州からの熟年ご夫婦は、車で柳川(たくさんの吊り雛が見られたとか、よかったですね)、瀬高の女山(神篭石の所在地がとうとう分からなかったとか、残念でしたね。町役場に適切な案内板を御願いしたいものです)、そしてわが久留米の高良神社から耳納スカイライン経由で兜山の脇を抜けて(いま満開のアセビの花を見かけたとか)、この柳坂の里へ下りて来られ、お立ち寄り下さったのでした。

兜山ことケシケシ山には、若くして死んだ明治の天才画家・青木繁の記念碑がアセビと松の木立に囲まれてひっそりと立っているのですが、そのことは知らなかったとご夫婦は残念がっておられました。毎年この三月下旬に(ことしは二十一日)ケシケシ祭りを行って青木繁の画業を偲んでいる久留米人にして、近くに案内板の一枚も立てていないという不親切さは反省しなくちゃいかん、と思ったことでした。

アセビ(馬酔木)の花といえば
 枝先に円錐花序を出し、小さな小さな壷形の白い花をびっしり付けて咲く春告げの花ですね。
 古代人が愛した代表的な花で、万葉集には大和を中心に十首ほどの歌が読まれています。奈良・春日山のアセビ純林は有名ですが、五十年ほど昔までは、わたしたちの耳納山地にも、至る所に鬱蒼とした天然林がありました。
 昭和十年代になってからの、天然林皆伐、スギ・ヒノキ一斉植林事業推進で、アセビなどは真っ先に伐り立てられ、残ったものも植木産業の繁盛で掘りたてられてあらかた消えてゆきました。
 ちょうど三年前、わたしはこんな短歌を作りました。

アセビの花の図  

ふるさとの耳納山脈断層崖
          覆いて花咲く馬酔木の夢見し

この駄作を、翌年三月二十四日午後、わが香櫨亭で開かせていただいた久留米写生短歌会の三月例会での詠草にしましたところ、一票だけ入りました。主宰者である大津留敬先生(短歌部門で平成二年度の国民文化祭愛媛大会で特選、またこの年の久留米市芸術奨励賞文学賞も受けられました)の票でした。初心者を励ますお心づかいでしょう。
国内での標式的な山地形として知られている、屏風を連ねたような山容の尾根筋を、アセビの白い花が覆っていたころの、懐かしいイメージがある夜の夢に蘇ったときに詠んだのですが、断層崖という硬い感じの言葉は自分でも気になっていました。

 

半年のち、この歌を改作して、

復り来し照葉樹林に花ひらく
       耳納山地を見しけさの夢

と仕立て、夕刊読売新聞の歌壇に投稿してみましたが、やっぱり没。
ところが同じ日に毎日新聞歌壇(全国版)に投稿してみた、

 復り来よし照葉樹林ふるさとの
      耳納山地を覆いつくせよ

が、窪田章一郎先生選の十三首中第三席の位置で、十二月二十一日の新聞に出たではありませんか。この欄初投稿の初入選で、みっともないくらいに嬉しがりましたね。
 わたくしといたしましては、いまやスギ・ヒノキばかりの針葉樹林に成り変わったふるさとの山に、照葉樹(クス・カシ・シイ・ツバキ・タブなど、常緑で革質、無毛で光沢ある葉を持った広葉樹)や、サクラやナラや山櫨などの落葉広葉樹の森を復活させたいという、かねての思いがあったのです。

文化人類学者(?)の中尾佐助氏が言い出されたことと思いますが、照葉樹林文化という言葉がありますね。ヒマラヤ中腹から東南アジア北部・南西中国・江南の山地を経て西日本に至る照葉樹林地帯に共通する焼畑などの文化要素が特色づける文化・・・なのだそうですが、好きですね、このコトバ。なんかこう、語感がいいと思うのです。

ツバキ(椿)の花が咲き始めました

 うちの裏手の谷沿いに十数本あるヤブツバキに赤い花がボツボツ見えてきました。
 艶つやした厚い葉。まさに照葉樹の代表格だと思うのですが、これに真っ赤な花弁、黄色の花芯。見事な対照です。四月半ばになれば、地いちめんに散り敷く落花の景が見られます。この景に感動して詠まれた短詩のアンソロジーを私なりに編んでみたい念願をもっていますが、かなり集まったなかから幾つか紹介しましょう。


ヤブツバキの図
ヤブツバキ
ヤブツバキから入り、
最後にまたこのツバキに帰ってゆくという。

落椿とはとつぜんに華やげる   稲畑汀子

落ちてゆくときも一途に寒椿   加藤 邨

落椿踏まじと踏みて美しき    西本一都

帚目に音符のごとし落椿     村山政治

抑へつけし心をもちて行き過ぐるあとを椿が声あげて落つ 川内悦子

ひやひやと素足なりけり足裏に唇(くち)あるごとく落椿踏む 河野裕子

香櫨亭へ来訪者の紹介コーナー

櫨の枝の下の水車小屋朝日屋とは屋号とすれば酒屋さんであろうとは想像がついたが、どこのどなたかはわからない。果実酒つくりが得意な方であろう。・・・

たいしょうへ

 しのぶしだとお酒をいれてます。たいせつにそだてて下さい。それからわり竹をひとつもらっていきます。 朝日屋

三月二十一日 ケシケシ祭りの日来訪(当方不在)

檸檬酒、金木犀酒、姫林檎酒、菊酒、落花生酒、桑の実酒、笹酒、生姜酒、椿酒、八重桜酒、苺酒、胡麻酒、昆布酒、山芋酒、椎茸酒、猿の腰掛酒、柘榴酒、
薄荷酒、桜桃酒、花梨酒、金柑酒、楊梅酒、珈琲酒、柚子酒、木天蓼酒(マタタビ)、独活酒、銀杏酒、梅酒、肉桂酒、月下美人酒、梔子酒、木瓜酒、林檎酒、
葡萄酒、八角酒、大蒜酒、蜜柑酒、山椒酒、紫蘇酒、松葉酒、桃酒、無花果酒、柿酒、土木通酒、猿梨酒、金銀花酒、十薬酒、人参酒、羅漢槙酒、アロエ酒、
パインアップル酒、カボス酒、ライム酒、マルメロ酒、ハイビスカス酒、カルダモン酒、マンゴー酒、バナナ酒、ブルーベリー酒、ラベンダー酒

もう三月になってしまってるのに、新年のあいさつ、もうしわけありません。この第6号が正月に出せなくて、こんなことに。

謹賀新年

本年もなにとぞよろしく御指導とお引立てのほどお願い申上げます

平成5年元旦

西日本水車協会事務局 市民水車大学久留米伝習所 民俗建築研究所 ハゼ並木復元寄金箱事務局 柳坂生産森林組合(理事組合長)
喫茶軽食の店 香櫨亭

久留米市山本町豊田一五八二の二
電話(〇九四二)四三−二一四三

香月徳男

ゴタゴタと書いておりますが、
水車のことはともかくとして、
民俗建築研究所というのは昭和四十七年(一九七二年)に、
民家研究の旗じるしとして掲げた看板で、
ハゼ並木復元寄金箱事務局とは、
平成三年の台風で傷んだ並木の保存のため
企画したことからの名称でございます。
森林組合長は昨年四月に就任いたしました。

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