水車小屋のカット香櫨亭通信のタイトル

第10号

平成8年
(1996)5月22日発行

香櫨亭通信・・・(十六年間に、タッタの9回発行)

ようし、これから毎日発行とするぞ!!つまり、日記のようなものになるんだよ。だから発行部数は一部。
もう二十年ほども前になるか。阿蘇山にのぼってミニコミ誌発行を思い立ったのは。

ワープロ文字ばかりで組むことはないよ。きちんと行割りして、かっこよく編集しようなんて考えてるから、時間がかかるのだ。
といって、人に見せたくないワケじゃない。むしろ、見せたい。そして、こう言いたい。あなたもミニコミ個人誌を作りませんか。私のと交換しましょう。さて、この第十号は、わが住む集落名のいわれの大柳特集です。

このたび 柳まつりを企画しました。

(平成八年六月二日実施予定)久留米市山本町柳坂区・双葉老人会主催

郷土の自然をいかに守るか(郷土久留米 第9号 (4)より引用)

-山本町柳坂における試み- 香月徳男

県の天然記念物指定を受けてちょうど満十年目になるハゼ並木のうち一本が、地元民の勘違いによって伐られたのはさる三月の下旬であった。これは新聞にも報道され、管理者である市の文化課もずい分心配されたようであるが、結局、地元の責任者が始末書を書いて一応のケリがついた。

しかし、此処には看過できない重大な問題が露出している。文化財といえば聞こえはよいが、その物件が誤って伐られるほどに地元民に「認知」されていなかったこと、またそのような実態を把握していなかった文化財行政の手ぬるさが浮ぼりになっているからである。なにせ、一・一キロの間に二三六本(指定当時)もある並木だからという特殊事情があることを考えるにやぶさかでないが、とにかく、久留米市にとって名誉な話ではない。 けれども、これがキッカケで、ハゼの一本一本に番号札を付けて、これが天然記念物であることを周知させようという田中竹次郎氏(柳坂部落長・公民分館長)のかねてのアイデアが市に容れられ、実現したのは喜ばしいことであった。この作業は六月七日に行われ、各新聞、テレビも一斉に報道した。

さて、三月の誤伐以来、地元の自然保存に強い関心を抱いてきた筆者は、今回の騒動で地区民がいよいよハゼ並木をうとましく思うようになることを懸念し、わが柳坂にはハゼばかりでなく、地名の起原に結びつくと言い伝えられている柳の巨木があること(これは前森林組合長、鹿毛鉄四郎氏の話がヒントになった)、また、久留米市内ではほかに見当たらぬケンポナシ(=玄圃梨:右写真:永勝寺)という、これまた珍しい木があることなどを思い出していただこうと考えて再認知運動を試みた。これも新聞の知るところとなり、四月下旬大きく取り上げられて地区民の関心を呼んだ。

ただ、この際更に一歩を進めて、山本町の自然と歴史を守る会の結成に参加しようという有志の試みに対しては目下のところ、地区民の多数は乗気でない。それで地元の開発がセーブされるのではないかという危惧からである。

−以上、一通りの経過を報告した。

私と鹿毛鉄四郎さんは、たまたまバスに乗り合わせたときの雑談の中で大柳の話をし、下草刈りを思い立ったのであった。

そのかみは柳多くて柳坂 いまその道に櫨の木並ぶ

大柳周囲の荒草・蔦類伐採作業の手を休める鹿毛鉄四郎氏(故人)

写真と説明:

大柳周囲の
荒草・蔓類伐採作業
の手を休めたときの
鹿毛鉄四郎氏(故人)

下草刈りの打ち合わせ

写真人物説明(左端から)

(うしろ向き)西日本新聞記者
中村サダメさん
鹿毛カツミさん(故人)
上野シマエさん
(うしろ向き)著者の母・香月イシ(故人)
秋永スエさん(故人)
柴田青里さん(故人)
上野トシエさん(故人)

昭和49年(1974)4月13日 撮影・香月徳男

大柳愛護の草刈作業にひと汗流した
柳坂地区のおばあちゃんたち

柳の手入れ

左から
鹿毛カツミさん(故人)
香月イシ(筆者の母・故人)
上野シマエさん
秋永スエさん(故人)
上野トシエさん(故人)

わが里の誇り、福岡県天然記念物(昭和三十九年指定)
「柳坂曽根の櫨並木」は二百五十年前後の歴史を持つといわれている。晩秋の紅葉が見事で、遠近からの観光客は、十万人近い。

そのお客さんがたのなかに、ときおり、「ここの地名は、なぜ、櫨坂じゃないんですか」ときかれる人がおられるのだ。
 で、この「柳坂」地名の由来なるものを紹介すると、「その大柳を見たい」とおっしゃるので、手製の案内地図をさしあげている。

今から二十年も前の、おばあちゃんたちの大柳愛護作業写真を紹介したが、お二人をのぞいて、みなさん物故されている。

このあと、大石国時さん、秋永清さん、わたしなどによる作業奉仕もあっていたのだが。

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柳坂という地名の起原というこの大柳は、樹齢約三百年というが、柳坂という地名はもっと早くからあったから、いまある一本の大樹そのものから起こった地名ではない。
いまある大樹は、かって群生していたものの子孫の一本なのだ。

この生残り大柳の前にうしろに柳を補植し、柳並木を復元しよう。

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