国指定史跡

堀川用水及び朝倉揚水車

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対岸からの全景

歴史・由来

当時、絶え間なく押し寄せる筑後川の洪水や、かんばつ、ききん等天災異変の中に幾多の犠牲と死闘を繰り返しつづけてきた祖先が新田開発のため、寛文3年(1663年)筑後川から水を取り入れることにより堀川を造った。

更に60年後の享保7年(1722年)岩盤を切り貫き現在の取入口を新設したが、山側の土地は位置が高いため、堀川の恩恵を受けることができなかった。そのためにこの土地では自動回転式の水車が設置された。

三連水車は寛政元年(1789年)に設置されており、三島、九重(ひさしげ)の二連水車も同じく宝暦のころに設置されたものと思われる。毎年6月中旬から10月中旬まで作動し、かんがい面積は、3基で35ヘクタールにもおよぶ。

1)山田堰

寛政2年(1790年)当時の庄屋古賀百江を中心にして、堀川の水量を増加させかんがい面積を増やすために筑後川(堀川取水口上部)に山田堰を造った。

石畳の表面積25.370㎡で、今日もなお昔の面影をとどめ堀川への導水を容易にし、670ヘクタールの美田をうるおしている。

2)切貫水門内部

享保7年(1722年)安定した水量を確保するために旧取水口を現在の位置に移した。内部は巨大な岩をノミでくり貫いたトンネルになっている。
当時、長さ11間(約20m)内法5尺(約1.5m)四方で新設され、その後数回の改修が行われ内法10尺(約3.0m)四方に拡げられ、現在に至っている。

(水門部分の上に水神社が祀られていますが、川に下りて見ることが出来ませんでした。)

3)菱野三連水車

寛政元年(1789年)もともと二連式だったものに一挺加えることで現在の形態になった。
車の直径は上部4.76m、中部4.30m、下部3.98mで、この大きさは、水車の回転数、水田の高さ、揚水の量と密接な関りをもち、一日当り7.892tを揚水し13.5ヘクタールの水田をかんがいしている。

現地の案内看板(朝倉町教育委員会)から引用させていただきました。

ちょうど水車の前でごみを除去している方が・・。

傍で見る三連水車は
ドードーと音を立てながら
力強く回転していて
圧倒的な印象を受けますが、
写真ではどうしても小さく感じます。

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三島二連水車(三連水車の80m下流

こちらの二連水車は中央の1か所に水を集めています。

左の写真
水車入口、草木等ゴミを防止するための木組みです

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九重二連水車(更に280m下流)


水量たっぷりで流れの速い用水路。広々とした田畑の中を流れています。

水しぶきや水車の動きに思わず惹きこまれます。

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水車には様々な工夫がこらされています。
「日の脚」と呼ばれる心棒から出ている棒(車のスポークに当たる)の先端に「柄杓」という水を汲む部分がありますが、19度という微妙な取付け角度で効率よく水を汲み、
各柄杓に付いている水切の板で無駄なく、少し離れた樋の中へ注ぎ込むようになっています。
水力を利用して水を高く汲み上げる知恵の素晴らしさ。

参考:

10月頃、水の無い時の三連水車を見に行きました。カラカラと明るく乾いた骨のようで、動いている時の豪快さはなく、細く、はかなげです。

これが、夏には見事な働きをするのですから、省エネ、エコの原型ともいえます。

三連水車の保存運動にも熱心に関わられた香月徳男(香炉亭通信)さんを思い出しました。


1990年5月に公開された黒沢明監督の映画「夢」で、
全8話中の第8話「水車のある村」 で:笠 智衆と寺尾聡が話をしている場面の背景に沢山の水車が出てきますが、朝倉2連水車と同じものが画面で見られます。
関係者の方が、こちらに取材に来られたという話を伺ったことがあります。
興味のある方はぜひ「夢」をご覧ください。

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