礫山古墳

参道鳥居を過ぎたカーブ地点左手の林の中(愛宕神社より10mほど下)

礫山古墳全景
林の中、露出した岩場、囲いの中は岩を刳り貫いた棺(盤棺)の穴が4つ

中央2つの棺穴中央右とその左端の棺穴

左:中央の2つの棺穴・左側には蓋石が 右:中央右の棺穴とその右の小ぶりの棺穴

棺の実測図

愛宕神社から自動車道路で約10m下、第4カーブの左手にある。
昭和8年〔1933年〕11月に高良神社境内に参道〔自動車道〕新設のため、愛宕神社北東脇、礫山という尾根筋の高台を削平していたとき、偶然に発見された、古墳時代前期(約1600年前)のもの。
高良山の基礎岩盤・秩父古生層滑石片岩をくりぬいた舟型の盤棺4基(のち1基を加えた)が発見され4基だけが現存。丁寧に仕上げられ棺内部には朱が塗られ、底には石枕が彫り付けられている。蓋は自然の板石を数枚組み合わせたらしい。4基のうち大きな南枕の2基は夫婦で、両側の2基は子供と見られる家族墓的なもの。また、ここから二重口縁の蔵骨器が出土しているという。
発見された石棺は盗掘された形跡があったが、一つだけは、指でつぶれるくらいに風化した骨片が発見され、これが10才以下の女の子の骨であると判明した。
また、中央大人用は南枕、両端の子供は北枕で、石枕を棺底に彫り付けてある。
その後、詳しい調査がされていないので、墳丘の形状、規模などは不明。 四基とも蓋石は粘土で目張りがされ、棺内、蓋石裏には朱が塗られていた。また、古墳下の道路側崖が削り取られた際に、盤棺が1基発見され、確認調査がされている。 この古墳が発見されたため、現状のように道路を迂回させたそうです。

当時の状況は現代とは様々な点で違いがあり、「家族」という概念も現代のような核家族ではなかった筈です。

レイアウトの図面も・高良山ガイドより

高良山茶屋「望郷亭」
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