独鈷水(御井) 

高良山座主即心が、山士達の飲料水に困っているのを見かねて、祈念して独鈷で岩を打ち砕いたところ、清水が岩の下から流れだし尽きることなく湧き出た。山士達は法の偉力に頭を下げ、この泉を独鈷水と呼んだ。


 

独銛水は本蓮台院御井寺墓地の東の方の向への地に山士の家三軒(北久保、中小川、南田辺)あった、今は家屋取除けられて畑地となる、其の三軒の中の南の家の裏にあたる大岩を堀貫きその奥の処より清水出づ、近くの人家はその水を筧に受けて飲料水に使用す、独銛水は之であろう。(原治氏談)
妙音寺の北に小道あり、谷あいにて、北ベラともいう、鶯谷の上の処、これに人家があった、今はなし、妙音寺座主墓地の向かいに元山士の家が三軒あった、これが久保他2家であった。今は畑地、真諦院の続き地である。鷲尾山の下、愛宕社の分かれ道、今大学社の鳥居の処より東側。今も道存す。
僧即心は極楽寺を再興した人。
元文元辰年五月元辰年廿二日入寂、は極楽寺墓地に在り(現在、愛宕神社近くの林の中)
自動車道沿いの登る途中、左手に看板があり、入るとすぐに、5,6の墓が並び、それより一段高い所に即心の墓石があります。


注)本蓮台院御井寺墓地の場所は明確ではありません(現時点)
  御井寺(三井寺とも)は現在、御手洗池よりも下に存在しますが、中世末頃から衰微した神宮寺だった高隆寺に代わり、高良山の中でも一山の中心でしたから、墓地も当然上の方にあっただろうと考えていますが、未確認です。

高良山茶屋「望郷亭」
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