高良山と武内宿禰(御井)

昔々、武内の宿禰大臣がばさろ天皇さんから信用されち、こん筑紫ば治めに高良山に来てござった。
大臣があんまり信用さるるもんぢゃけ弟の甘実内宿禰がやきもちやいて、
「兄の武内の宿禰は筑紫で、三韓と話合うて、謀反起そうでちしよります」ち、あってあられんすらごつば天皇さんに申し上げた。あんまりすらごつが上手じゃったけ、天皇さんな腹けーち、討手ば高良山にやって大臣ば殺そうでちせらしゃった。

そんこつば知った大臣な天皇の命令なら仕方なかち死ぬ覚悟ばしてござったところ、
壱岐真根子ち言う、そりゃ大臣に瓜二つの家来が「大臣がもし此処で討手に殺されでもしなさったなら、甘実内がそん後どげな謀ばして、天皇さんばやっつくるかわかりまっせん、嫌でん弟の甘実内のすらごつば天皇さんにわかってもろうて、日本の安泰ば計って下さい。もう直討手が来まっしょけ、私が大臣の身代りなって自殺します。そっで早よ都に登ってはっきり無実ち言うこつば天皇さんに申し上げて下さい」ち言うて、ほんなこつ自殺した。

大臣な討手が来る前、高良山ば出て、都さん登り天皇さんに無実であるこつば申し上げらしゃった。天皇さんな兄弟ば向い逢わせち、どっちが本なこつか調べらっしゃったが、どっちも言い分ば曲げんもんぢゃけ、探湯(クガダチ)で神の裁きばして、大臣の言うとがほんなこっちはっきりした。

そりから大臣な晴れて又高良山に来て筑紫ば治めらっしゃったち言う話。

高良山物語22


訳)

昔々、武内宿禰大臣は、天皇さんから大変信用されて、この筑紫を治めるために高良山に来ていた。

大臣があまりに信用されるので弟の甘実内宿禰(異母弟)が妬んで、

「兄の武内宿禰は筑紫で、三韓(新羅・百済・高句麗)と話し合って、謀反を起そうとしています」と、あってはいけない嘘を天皇に申し上げた。あまりにも嘘が上手だったから、天皇さんは腹を立てて、討手を高良山に派遣して大臣を殺そうとしました。

そのことを知った大臣は、天皇の命令なら仕方がないと死ぬ覚悟をしていたが、壱岐真根子という、大臣にそっくりの家来が「大臣が、もしここで討手に殺されてしまっては、甘実内がその後どんなはかりごとをして天皇さんをやっつけるか分かりません。嫌でも弟の甘実内の嘘を天皇さんに分かってもらって、日本の安泰を計って下さい。もうじき討手が来るでしょうから、私があなたの身代わりになって自殺します。だから早く都に登って、はっきり無実だということを天皇さんに申し上げて下さい。」と言って本当に自殺した。

大臣は討手が来る前に高良山を出て、都に登り、天皇さんに無実だということを申し上げられた。天皇さんは兄弟を向かい合わせて、どちらが本当のことか調べられたが、どちらも言い分を曲げないものだから、探湯(クガダチ)で神の裁きをして、大臣の言うことが本当だとハッキリした。

それから大臣は晴れて又、高良山に来て筑紫を治められたという話。

注)

探湯(くがたち、くかたち、くかだち)盟神探湯・誓湯と書くこともある。古代日本で行われていた神明裁判のこと。ある人の是非・正邪を判断するための呪術的な裁判法(神判)。
応神天皇9年4月条に、武内宿禰が弟の甘見内宿禰の讒言を受けて殺されそうになり、武内宿禰が潔白を主張したので、天皇は2人に礒城川(場所不明)で探湯をさせたとの記事がある。

*)武内宿禰は「背くらべ石」「矢取」の話にも出てきます。

高良山茶屋「望郷亭」
kurumenmon.com