高良山宝蔵寺の観音(御井)

今から八百三十年ばっかり前ん話、高良山第二十一代座主の順覚坊が、肥前の平戸港に衆生済度の旅で立ち寄った時、港の人で笠縫部の磯見麿と言う者(モン)が、ある夜(バン)海中に光る物ば見つけ拾い上げち得た観音聖人の御像ば、夢のお告げで高良山に安置したかち申し出たけん、はるばる高良山に持って帰り宝蔵寺にお祀りした。御利益あらたかな仏像。


訳)

今から830年ぐらい前の話、高良山第21代座主の順覚坊が、肥前(佐賀・長崎)の平戸港に衆生済度の旅で立ち寄った時、笠縫部の磯見麿と言う港の人が、「ある夜、海中で光る物を見つけて拾い上げた観音聖人の御像を、夢のお告げがあったので高良山に安置したい」と申し出たので、はるばる高良山に持って帰り、宝蔵寺にお祀りした。御利益のある仏像です。

高良山の史跡

  

参考:肥前(ひぜん)

奈良時代から明治初期まで、日本の地理的区分の基本単位だった律令国のひとつ
現在の佐賀県と、長崎県(壱岐・対馬を除く)にあたる

高良山茶屋「望郷亭」
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