安養寺の阿弥陀像(御井)

行基菩薩つぁんな日本中ば回って橋のなかとこにゃ橋ばかけて皆の便利ば計り、又堀ば掘ったり堤ば築いたりしちゃ干魃から農作物ば守ってやり、そん傍ら、仏の慈悲ば話して教えば拡めなさった。御井町安養寺の本尊さんなこの有難か行基菩薩のお刻みなさった阿弥陀さんげな。

※筑後2,3 7


訳)

行基菩薩さんは日本中を回って、橋のないところには橋をかけて皆の便利を良くし、また堀を掘ったり、堤を築いて干ばつ農作物を守ってやり、そんなことをしながら、一方では仏の慈悲について話し、その教えをひろめられた。

御井町安養寺の御本尊様は、このありがたい行基菩薩さまが彫られた阿弥陀様だそうだ。


*)行基

天智天皇7年(668年) - 天平21年2月2日(749年2月23日)朝廷が僧侶を国家機関と定め、仏教の民衆への布教活動を禁じていた時代に、畿内を中心に民衆や豪族などの階層を問わずに仏法の教えを説き人々より篤く崇敬された。
彼は多くの道場や寺院を建立し、ため池や架橋の工事を指導するなど、数々の社会事業を各地でおこなったことで民衆の圧倒的な支持を得た。
後に最高位である大僧正(行基が日本で最初)として聖武天皇により奈良の大仏(東大寺など)建立の責任者として招聘された。功績により東大寺の「四聖」の一人に数えられる。(wikiより引用)

  

役行者や空海と同様、国内各地で開基された伝承の寺院も複数含まれると考えられている。

高良山茶屋「望郷亭」
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