神籠石

1300個の石が、約1500mにわたって山中に並ぶ、古い遺跡です。
このような列石は、福岡、佐賀、山口県八ヶ所確認されており、古代山城跡とも、神域の標示ともいわれ、わが国古代遺跡中最も壮大なもの。古代山城には「神籠石系山城」と「朝鮮式山城」がある。いずれも古代朝鮮式山城なのだが、「日本書紀」「続日本書紀」等に記録のない古代山城のことを特に「神籠石式山城」といい、北部九州に十ヶ所、瀬戸内沿岸に六ヶ所が発見されている。
神籠石の現状は、発掘の成果列石がところどころ途切れているも延々と残っており、その跡を見ることができる。
山の南側だけ残っていないが、耳納大地震によって斜面ごと崩落したと見られる。

高良大社のサイトより
(南側部分は初めから無かったという説もあるらしい)

南谷水門

参道入り口の鳥居をくぐり、すぐ右手の谷川(普段はチョロチョロ流れています)に降りて10mほど先に水門跡があります。
(写真左上へ登れますが、大きな木の根が転がり、石を踏むと崩れました。石段はいずれ崩壊すると思われます。)


愛宕神社よりやや上、自動車道から斜面を登り、石に沿って左へ進む(上の画像)、地中から出た岩盤を利用する他、
1m幅位の石が多く、石は高さ80cm位に揃えたように見え、石列の上には土を固めた塀を設けたようです。

左)地中から出た大岩の面を利用し、
小さな石を乗せて形を整えてあり、
石列に沿って左に進むと、先端に角石があります。

*角石

神籠石前サイズ下の画像は上画像の左側から撮影
3間×4間=24帖=12坪ほどの広さ。

12畳ほどの広さ

西に向かった斜面なので、見下ろした自動車道の下は平野部が見える筈ですが、雑木林で視界がききません。
昔なら有明海方面までもが見えたのではないでしょうか。
付近の余分な木や竹の伐採が必要です。放置されているため、あちこちで列石の下部の土が流出しています。

他地区の神護石所在地:

(久留米市史第1巻)

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