三尊磨崖種子(岩不動)

愛宕神社から階段を下りて左手に。


毘沙門天(ベイシラマンダヤ)

地蔵菩薩(イー)


梵字が彫られた岩崖を背にして
三像毘沙門天・地蔵菩薩・不動明王が並ぶ
不動明王(カンマーン)

後ろの岩壁にくっきりと彫られた梵字の色がうまく出ていませんが、実物の赤色は非常に鮮やかです

三井四国春季大参り

お遍路さんの一行が、4月3・4・5・6日と4日間かけて近郊を参って回られる予定です。

11時近く、総勢で10名。白衣の背中には南無大師遍照金剛と書かれてあり、一人は90歳の女性で「面倒で杖を置いてきた」と急階段を上がってみえました。
全員で唱えると、すぐに階段を下られました。お接待をする側も受ける側もお年寄りで、僕はほとんど鼻垂れ小僧です。
御接待の側も、屋根の下はもちろん、周囲の地面もきちんと掃かれてあり、数体の像の前にはローソクが灯されていて、その心配り、はじめての僕は感激してしまいました。

三尊磨崖種子(岩不動)

愛宕神社より階段を下った南側斜面にある磨崖文字は、
三尊(地蔵菩薩を・不動明王・毘沙門天)の仏をあらわす梵字(種子)で、作者・建立年代は不明です。

この三尊(地蔵菩薩・不動明王・毘沙門天)の組合せを説いた教規にはありませんが、天台宗では諸仏の脇士として不動・毘沙門が配されています。

この愛宕神社の祭神は火加具土命(ほのかぐつちのみこと)で、
本地仏(我国の神の本体は本地垂迹説に基づいて定められた神の実身としての仏)は地蔵菩薩とも言われますが、
愛宕権現の本地仏は勝軍地蔵(地蔵菩薩の変化身)であることから、
この岩不動に刻まれた地蔵の種子(梵字)は、勝軍地蔵を表していると考えられます。

勝軍地蔵信仰は、足利尊氏以来の戦勝祈念のための信仰ですが、
鎌倉時代新興の武士階級が、戦陣での殺生による堕地獄への恐れと一族の繁栄を祈念し、 最も利益のある地蔵菩薩を信奉したことに始まり、
やがて一般によく見られる円頂頭衣の地蔵菩薩の姿から鎧に身を固めた勝軍地蔵が生まれました。
さらに愛宕神(火伏せの神で王城鎮護の神である)も習合して、広く信仰されるようになりました。

高良山茶屋「望郷亭」
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