へこかき神事 (その2)

6月1日午前7時

筑後平野の眺望 けしけし山(かぶと山)から

6時頃、高良大社下の茶店横展望台からの筑後平野の眺望。
昔に比べれば田畑が減り建物ばかりになりました。


神社の神主・巫女さん達は・接待のためのテント・お菓子の屋台も準備完了が間近

茅輪の起源について

神代の昔、武塔神(素さ鳴尊)が、南海の方へお出でになる途中、ある所でお泊りになろうとして、土民の蘇民将来、巨旦将来と云う兄弟に宿を求められた。

その時、弟の巨旦将来は、裕福な身であったにも拘らず、宿を拒んだのに対し、兄の蘇民将来は、貧しい身であったが、尊をお泊めし、粟柄を以って座を設け、粟飯を饗して御待遇申し上げた。

その後、年を経て尊は再び蘇民将来の家を訪れ、「若し天下に悪疫が流行した際には、ちがやを以って輪を作り、これを腰につけておれば免れるであろう」と教え給うた。この故事に基づき、蘇民将来と書いて、これを門口に張れば、災厄を免れるという信仰が生じ、また祓いの神事に茅の輪を作ってこれをくぐり越えるようになったのである。

茅の輪神事は、一つに「夏越祓」とも書く。旧暦によると、六月の晦は夏であるから夏越しに当るとせられる。又なこしは「和ごし」「和儺」で人の心を和やかにするのであると云う。

即ち、禍を除き、人々の不満を除けば、平和になごとが出来ると説くのである。

要するに茅輪も、最初は各自が腰に着ける程の小さいものであったが、時代を経るにつれて大きくなり、社頭にこれを設け、あるいは鳥居や神門などにとり懸け、これをくぐり越えて祓除を行うようになって今日に及んだのである。

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7時になると一気に、階段を登ります。

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