御井郡惣廟

赤司八幡宮

御祭神(祭神)三座・相殿十一神

輿止比咩命              高良大神 (武内宿禰)
道主貴 止譽比咩命         八幡大神 (応神天皇)
三女神 息長足姫尊(神功皇后)  住吉大神

御神徳

鎮護国家(日本の国を守る大神様)

由緒

創祀は天照大神様の神勅「汝三神、宜しく道中に降居して天孫を助け奉り天孫の為に祭かれよ」
を受けて、筑紫の道中(筑紫平野の中心部)、御井郡河北の地に天降りした、
天照大神様の御子神「道主貴(三女神)」を祭る。
祠官は、この地方の古代豪族 水沼君等と言われる。
「御井郡惣廟を称し 延喜式内名神大社豊比咩神社の本跡」を伝える当社は、 高良社の源所とも思われ、この地は古代より筑後国の統治の中心地であり、邪馬台国御井郡説の最有力地でもある

八幡宮境内の石碑から転載

赤司八幡宮は、平安時代の延長2年(924)御井郡惣廟として創建されたといわれます。
神社の「止誉咩神社本跡縁起」によると、はじめは「筑紫中津宮」と呼ばれていましたが、
後に、延喜式内社の「豊比咩神社」(高良の神と並んで名神大社とされる)になったと伝えています。
戦国時代に八幡宮と社号を変え、現在に至っています。

社地に赤司城が築かれたことを考えても、
赤司氏をはじめ、草野氏や大友氏、田中氏などの多くの豪族から深い崇敬を寄せられていたことがうかがわれます。
毎年9月15日の放生会の花火は、昔ながらに盛大な祭りとして多くの参拝者を集めています。

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