細川潤一顕彰碑

古城を偲ぶ歌 歌:三橋美智也

作曲家細川潤一先生は、我がふるさと城島が生んだ大作曲家です。

本名は、淺川正躬(まさみ)。1913年(大正2年)福岡県生まれ。
大正12年、小学校5年生の時、父の故郷江上村へ移る。江上尋常小学校(現江上小学校)で学んだ後、旧制三潴中学校(現、三潴高等学校)に進学されました。

昭和5年、三潴中学を卒業し、直ちに上京、作曲家への道をめざします。

電機学校(現東京電機大学)で学ばれましたが、同郷の古賀政男  (大川市)から刺激をうけるなど、音楽への憧れを忘れられず、独学でギターと作曲を勉強されました。1936年(昭和11年)にはキングレコードの専属作曲家となり、数々の名曲を生み出しながら、二千曲にも及ぶ作曲を手がけられました。

代表作に、「母子船頭唄」「マロニエの木陰」「おさけと花と地蔵さんと」「古城」「東村山音頭」「祝賀の舞」などがあります。
1991年(平成3年)78歳でお亡くなりになりました。

細川潤一顕彰会2005年(平成17年)2月吉日
碑の説明板より引用

また、地元の学校校歌を作曲されています。まだ他にないか調査中です。
もしご存知の方教えていただけると幸いです

キングレコード専属作曲家 本名:淺川正躬 あさかわまさみ 城島町出身。
大正2年1月21日生まれ。 昭和5年三潴中学校卒。昭和6年東京電気学校中退 昭和6年作曲を独学、
昭和10年キングレコード専属作曲家となる。日本作曲家協会理事、日本音楽著作家組合常任委員。日本民謡協会理事、 勲四等瑞宝章(昭和58)、日本作曲家協会功労賞
「マロニエの木陰」「古城」ほか多数。信条「音楽は不滅なり」 趣味カメラ・盆栽

「昨今の若者が敬老の念に欠けていることを残念に思う」

(「福岡県人名禄」1988年、西日本新聞社刊による)

home