井上満文学碑

所在地:野中町 正源寺境内

井上満文学碑 野中町 正源寺境内

みめうるはしくあらずとも
なれかしこくはならずとも
せめて吾子よ幸せに
伸びよと親は祈るなり
(井上 満)

碑文

井上満は

わけてもロシア文豪ゴンチャロフの研究・翻訳では本邦第一人者であった。
同時に満は、学生の頃から日ソ友好達成の念に燃え、
操守堅固、どのような権力の圧迫にも屈することなく、
生涯をその運動に捧げて悔いなかった。

彼は又、久留米を愛してやまず、しばしば仕事を持って帰省した。

ここの正源寺本堂は、1958年秋、ショーロホフの「静かなるドン」の翻訳に取り掛かったところである。
惜しいことにその完成をみることはできず、翌1959年5月14日東京で病没。愛妻千歳により手厚くこの寺に葬られた。
満と内助の功の誉れ高かった千歳との間に女児のぞみが生れたが、不幸なことに早世した。
碑文はロシアの古謡、満の訳と筆、子を失った親の悲しみが託されている。

1969年5月14日:山内正樹

(参考)日本ロシア語情報図書館・郡司良氏(日本ユーラシア協会理事)の「井上満先生について」

*)この碑のある正源寺は延室8年(1675) に建立されたものです。

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