王子池周辺

動乱蜂仕掛け側から王子池と観客席方面

写真(上)白の楕円の部分が動乱蜂当日の観覧席です。

動乱蜂の仕掛け骨組み:(右写真)

高さ4m、直径2mほど、毎年補修して利用されている。

すべて竹組みと藤のかずらの輪で作られていて、
この5段の輪に「子蜂・親蜂・爆音・仕掛け」合計50本ほどが取付けられます。

動乱蜂の仕掛け(骨組み)

動乱蜂の仕掛け

  • 子蜂:前年に採取した竹・内径が1~2cm
  • 親蜂:枯れ竹・内径が3cm(長さ10cmと16cmの2種類)
  • 爆音:女竹・内径が1.2cm、長さ4cm
  • 仕掛け:枯れた孟宗竹・長さ45cm   

昔はこのような仕掛け全体を八幡宮拝殿、傍の高い木に
吊下げて点火したと教わりました。

右図は昭和34年9月1日「市政くるめ」に掲載のものを転載しました。

写真()は上写真の久留米・筑後平野の矢印下あたりから撮影

王子池から動乱蜂の仕掛けと古宝殿への階段を見る 古宝殿城跡への400階段

家並から少し上がれば、緑に包まれた王子池に出ます。(右)古宝殿城跡への階段(400段)

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王子池と筑後平野不動明王と石仏群

(左)階段途中から見る王子池と筑後平野 (右)古宝殿城跡にある不動明王と石仏群

石仏群横から奥への道を登れば、10分足らずで高良大社の本坂(鳥居下までの石段)前に出ます。
日常で車を利用すると、便利なようでも、この先の道を歩くことが無くなるように、
便利さや効率を優先してばかりでは大事なことを見落とす可能性があります。

古宝殿城跡

(王子宮由来)

古宝殿城は6~7世紀頃、ここ妙見山(標高150m 古くは阿志岐山と呼ばれた)山上に築かれたと伝えられている。
王子宮(高良御子神社)は昔から「九躰の王子ハ高良ニ住ミ厭キテ阿志岐・古宝殿城ニ下リ給フ」とあり、はじめ阿志岐山上に鎮座されたが神護景雲二年(768年)王子山麓に遷座されたため同社の旧社地となった。
又山上には薬師堂および吉野大蔵院分院跡があり現在巨大な不動明王や九十余体の石仏が祀られているが昭和6年信者渋田、神代両氏の寄進によるものである。

昭和62年10月 山川校区観光開発委員会

2007/5/24撮影

古宝殿城跡の不動明王や石仏群を過ぎて、細道を奥へ進むと、高良山茶屋・望郷亭の傍、高良大社本坂の鳥居・石段前に到着します。

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