王子池周辺

動乱蜂仕掛け側から王子池と観客席方面
写真(上)白の楕円の部分が動乱蜂当日の観覧席です。
写真(右)動乱蜂の仕掛け骨組み(高さ4m、直径2mほど)
毎年補修しながら利用されているようです。
写真(下)は上写真の久留米・筑後平野の矢印下あたりから撮影
動乱蜂の仕掛け(骨組み)

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王子池から動乱蜂の仕掛けと古宝殿への階段を見る 古宝殿城跡への400階段

町並から少し入れば、緑に包まれた王子池に出ます。(右)古宝殿城跡への階段(400段)

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王子池と筑後平野不動明王と石仏群

                    (左)階段途中からの眺め。              (右)王子池と筑後平野不動明王と石仏群

古宝殿城跡

(王子宮由来)

古宝殿城は6~7世紀頃、ここ妙見山(標高150m 古くは阿志岐山と呼ばれた)山上に築かれたと伝えられている。
王子宮(高良御子神社)は昔から「九躰の王子ハ高良ニ住ミ厭キテ阿志岐・古宝殿城ニ下リ給フ」とあり、はじめ阿志岐山上に鎮座されたが神護景雲二年(768年)王子山麓に遷座されたため同社の旧社地となった。
又山上には薬師堂および吉野大蔵院分院跡があり現在巨大な不動明王や九十余体の石仏が祀られているが昭和6年信者渋田、神代両氏の寄進によるものである。

昭和62年10月 山川校区観光開発委員会

2007/5/24撮影

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