夜明神社
昭和10年、夜明下区の印鑰神社に
上区にあった天満宮と隈にあった2つの天満宮を合祀して夜明神社と改称されました。
最前列の鳥居、扁額に「印鑰神社」とあります。



平成15年に再建された建物
前に並んだ3対の狛犬

首名塚(乙名塚ともいう)
「道君首名は 奈良時代はじめの貴族で、筑後国の初代の国司です。首名は国司として人々に農業の指導や灌漑の便を図るなど、民生の安定につとめました。最初は指導の厳しさに不満もでましたが、しだいに成果が上がるにつれて、名国司として従うものが増えていきました。在任のまま亡くなったため、人々は彼の徳を慕って祠を建て、おまつりをしました。これが首名塚とも乙名塚とも呼ばれているこの塚です。」
(現地の解説板)
「神社の由来」
昭和十年に夜明下区の印鑰神社に上区の天満宮及び隈の天満宮を合祀して夜明神社と改称される。印鑰神社の開基年代は定かではないが永禄元年丑年(1558年)領主安武安房守により再興される。その後寛延時代に田中筑後守により神殿が再興される。
(以上古文書寛文記、寛延記による。)
又、参道の鳥居には寛延4年(1748年)の記名があります。 印鑰神社の祭神は大国主命、宇多大采名命、竹内宿禰で、天満宮の祭神は菅原道真公である。その後、明治23年には、氏子総出の改修工事が行われ、部分的な補修も実施されたが、老朽化が進み平成十五年に再建するにいたりました。
神徳 農業殖産 学問・受験の神 病気平癒など。
竣工 平成15年6月
(現地の夜明神社改築記念碑)