大善寺玉垂宮

鬼夜

(国指定重要無形民族文化財)

玉垂宮

久留米市大善寺町宮本に鎮座する玉垂宮は、古来、筑後国三潴庄鎮守、高良御廟院大善寺玉垂宮と称し、盛時には衆徒45坊、社領3,000町を有した朝野の崇敬あつい古社であります。
祭神は、玉垂宮(藤大臣=トウダイジン・高良玉垂大菩薩とも称した)八幡大神・住吉大神で、創建は古く、凡そ1,900年前の創祀と伝えられています。
神宮寺の高法寺(814年、弘仁5年大善寺と改称)は、天武天皇ごろの白鳳元年(672)法相宗の僧、安泰和尚によって開基されました。

このように、大善寺の玉垂宮は、長い間、寺院と神社が一体的に祀られた典型的な神仏習合の神社でしたが、明治2年(1869)の廃仏毀釈により大善寺は廃され玉垂宮のみ残り、現在に至っています。しかし往時の大善寺の遺構である鐘楼をはじめ阿弥陀堂(鬼堂)や旧庫裡が現存し、神仏習合時代の面影を色濃く残しています。

毎年正月7日に行われる鬼夜は、数百人の裸の群像と日本一といわれる六本の大松明による壮観な追儺の火祭りで、この地方の年頭を飾る代表的な祭りで、国の重要無形文化財に指定されており、日本三大火祭りの一つといわれています。

この行事は、大晦日の夜から正月七日までの鬼会(オニエ)といわれる行事の中の、最後に行われるもので、おによ(鬼夜)とよばれています。(久留米観光コンベンションのポスターを使用させていただいております。)

鬼会は、大晦日の夜に燧石(ヒウチイシ)でとった御神火(鬼火)を神殿に灯し、神官が斎戒沐浴して七日七夜守り続けて、天下泰平・国家安穏・五穀豊穣・家内安全・災難消除の祈願をします。
その満願の日が正月七日の鬼夜です。

鬼夜の行事は、昼の鬼面尊神の神事と種蒔き神事。そして夜の大松明廻しと鉾面神事・鬼の堂回り行事となります。中でも鉾面神事は、祭神が妖族退治をした有様を示すものといわれ特色ある行事です。

夜の行事を飾る大松明廻しは、直径1m余り、全長13mの六本の大松明が、裸の若者たちによって支えられ、火の粉を散らしながら本殿の周りを勇壮に廻ります。この間、鬼役は姿を隠したまま、シャグマの子供たちに囲まれて鬼堂の周囲を7回半回り、社前の霰川で禊をして神殿に帰るという珍しい行事で、我が国の鬼の民俗を考える上で極めて示唆に富む行事といわれます。


シャグマ(赤熊)役のこども10人ほど
彼らが鬼堂の鬼を追い出し、鬼に禊をさせます。
人の目に触れないよう暗がりの中で行われます。

行事の流れ

(時間は7日の午後)
 裸の若衆の境内参集(7時すぎ)→汐井汲み神事(汐井口開け、8時)→シオイカキ(8時10分ごろ)
→境内全消灯(8時50分ごろ)→タイマワシの松明下揃い(9時ごろ)→大松明に点火(9時20分ごろ)
→鉾面行事(9時30分ごろ)→大松明始動(9時40分ごろ)→大松明本殿西側止め(10時ごろ)
→鬼の堂回り(10時ごろ)→一番松明の火取り(10時20分ごろ)→惣門くぐり(10時30分ごろ)
→一番松明消火(10時30分ごろ)→鬼の禊(10時40分ごろ)→大松明2周目(10時50分ごろ)
→厄鐘(11時すぎ)→大松明すべて消え行事終了(11時20分ごろ)

行事の見どころ

若衆の境内参集(7時すぎ)


なかなか壮観な眺めでした。小さな子も父親に連れられて同じいでたちで参加

汐井汲み神事(汐井口開け、8時)

いよいよ一番松明の出発→本殿前で気勢が上がります

本殿で折り返し・・幼児を肩に乗せ、境内裏手で出を待つ組

煙がすごかったのですが、幻想的な雰囲気になりました。

夜の最初の行事で、晒を巻いた裸一貫の若衆の禊行事です。
一番松明から順次、松明ごとに隊伍を組み、手々振を先頭に手に手に提灯、小松明をかざして、
気勢をあげ、勇壮に社前の禊場と本殿の間を2往復します。境内は参道を中心に一面火の川となります。

大松明に点火(9時20分ごろ)


着火直後、素人カメラマン・携帯で撮影する人も多い

鉾面行事(9時30分ごろ)


赤鬼面が鉾に続いて登場、そのあと青鬼面も登場


鉾を数回交えると、傍の人がその鉾をとって鬼堂内に

次に刀を抜いて交えると


鬼の面をとって猛スピードで去った後、なおも数回太刀を交えて退場します

一番松明の惣門くぐり

鬼の堂回りが終わると、一番松明は鬼堂の東側で「火取り」をして下向坂を下り、参道をくぐります。
燃えさかる大松明が狭い惣門をくぐり抜ける様は見ものです。
一番松明だけの特権ですが、最も緊張する場面でもあります。そのあと汐井場に向かい、役目を終え、消火されます。


一番松明から本殿横に移動し、若衆が上って、
巻いてある縄数本を切り落として燃えやすくします。

補足説明

・大松明作り

(写真あります)

正月4日午前中に7地区の総賦役で作られる。材料は全部竹を使い、芯に大きな孟宗竹を3本束ねて、その周囲に笹竹を寄せて回し、さらにそのうえを直径3~4センチほどの真竹で包み込んで化粧竹とします。
火をつける頭には枯れた杉葉を入れて切り口を揃え、この上に頭の方から七本・五本・三本と縄を掛けて結ぶ。
根元側からも七五三と縄を掛け男結びにする。
胴をしばる縄は2本回しで365本。大松明の根元はかずらの蔓で縛り、尻引き綱を付けます。
大松明を支えるのは二又になった樫の棒でカリマタとよんでいます。大松明の全長13m、火口の径1m余り、重さ1,200kg。

・鬼夜の由来

「吉山旧記」(薬師寺縁起ともいう)によれば、仁徳天皇56年(368)1月7日藤大臣(玉垂宮)が勅命により、異国へ内通し、悪徒を集め当地を荒らし人民を苦しめていた肥前水上の桜桃沈輪(ユスラチンリン)を闇夜に松明を照らして探し出し、首を討落し、茅を集めて焼いたのが始めとあります。1600年余り前のことになります。

(さらに詳しい説明)

参詣のご案内

・交通機関

  • JR久留米駅下車→西鉄バス利用(津福経由大善寺・大川行き)宮前下車すぐ。
  • JR荒木駅下車→タクシー利用 5~6分。
  • 西鉄大善寺駅下車(特急停車口)、西口から徒歩5分

・駐車場

  • 第一駐車場(神社裏の玉垂公園)約300台駐車可
  • 第2駐車場(大善寺小学校)約100台駐車可

・参拝について

行事開始は午後8時ですが、参道・拝殿は行事のため混雑しますので、早めに参拝をお済ませください

・問い合わせ

大善寺玉垂宮社務所:TEL0942-27-1887(大善寺玉垂宮鬼夜保存会)

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