熊野神社

広川荘への熊野権現の勧請は、
保延4年(1138)に領家職が紀州熊野神社に寄進されたことに起因する。

久安2年(1146)の文書から、「熊野勧請に際し川原源七郎を目代として遣わすので、談合して祭事等を執り行うように」との指示が出されていた。

県指定重要文化財のめがね橋
県指定重要文化財の眼鏡橋

入口の山門

左:山門から拝殿を見る 右:拝殿・本殿の全景
本殿後ろから

周囲の空間・敷地が広々として、堂々とした造りで、拝殿側から門・参道側をみると、参道がかなりの長さです。

神社は(西方向)にも長い参道があり、神域の広さから考えても、地域で篤く信仰されてきたことを感じます。

明治の廃仏毀釈以前は、
隣接する坂東寺は熊野神社の神宮寺(神社に附属して営まれる寺)

「鬼の修正会」(鬼夜)は、大松明と小松明(子供達)の2種の松明があります。

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