杷木神社

福岡県朝倉市杷木池田546

杷木神社拝殿・神殿

【由緒】

杷木神社は、杷木二所大明神、または杷伎大明神ともいい、上座郡19カ村(鼓、赤谷、小河内、石詰、世加田、木地屋、大山、穂坂、川口、鵜木、哭坂、拝松、池田、白木、寒水、古賀、若市、古町、久喜宮)の総鎮守社である。
この社の創建は古く、第26代継体天皇の頃(古墳時代527年)と考えられているが、旧記の資料がなく、古事を知ることができない。

杷木神社の祭神は、

の四座である。天つ神の命を受けて、天の浮橋に降り立ち、次々に大八州を作り、諸々の神達を生み出されたのが、ここに祀る、伊弉諾尊、伊弉冉尊、男女の二柱の神のである。

1522年(戦国時代)に神坂源太夫藤原貞家が記した杷木神社々記によると
「26代・継体天皇の御代、筑紫の豪族・磐井が謀反を企て、朝廷は異国からの御貢物を何度も奪い取られた。
朝廷は討伐を命じたが、磐井の力は強大で、朝廷から命じられた兵は苦戦した。

困った朝廷軍は上座郡には大己貴命、武甕槌命が御座しますのを聞き、その御神のお助けをいただこうと、池田の池のほとりに髙棚を構え、榊を立て、端出縄をひき大幣をささげて勝利を祈ったそうである。

昔の御社は川の近く、元宮(今の神輿場)にあったが、
宝永年間(1710年頃)に今の大鳥居付近に遷され、
さらに享保3年(1718年)には山上を切り開いて、今の所に奉遷された。大鳥居が建ったのはその翌年である。
宝暦10年(1760年)に本社は建て替えられ(拝殿なし)、今の拝殿は、天保3年(1832年)に新築されたものである。

【例祭】

1月 1日
元旦祭
3月27日
春大祭
6月 末
田植祭
7月26日
夏 祭
7月29日
夏越祭
12月15日
霜月祭
鎮 祭
3月23日-25日
12月23日-26日

春の大祭

3月23日の鎮祭よりはじまり、地域では「杷木市」ともよばれ、

3月27日は毛槍隊、獅子、けんか旗、神輿、太鼓等、地域の子供から大人まで総出で伝統文化を継承している。

26日早朝、拝殿の欄間にしつらえられた的に向かって神官が矢を射る行事(蟇目:ひきめ)があり、
上下二段に仕切られた的は、上段を天とみなし国家安穏を、下段を地とみなし五穀豊穣を祈念している。
もし、矢の当たらない場合は、不吉であるとして、昔は早馬を飛ばして福岡の寺社奉行まで急報したといわれている。

【杷木神社の御鎮祭と立聞社】

杷木の祭、三大奇祭に杷木神社の御鎮祭(おちんざい)がある。
杷木神社の祭神、伊弉諾尊、伊弉冉尊は夫婦の神で、世の神が出雲にお集まりになるときでも、杷木の地を離れることなく氏子を守ってくださっている。
それに感謝し、大祭と新年の前に、神様にお休みいただく。それが御鎮祭である。
神様がお休みの期間中、氏子には犯してはならない色々な制約があった。

神社境内に祀ってある立聞社(たちぎきしゃ)は、これらの音の聞き届け役で、どんな音も聞き漏らすことがないというので、その耳の良さにあやかろうと、耳の遠い人や悪い人がお参りし、竹の筒を供えて祈願した。

本殿前の参道横のケヤキの大木は、樹高28.5m、根回り15m、枝張り17m、樹齢は400年以上と推定され、
1982年に福岡県天然記念物に指定されている。

杷木神社拝殿の天井
拝殿天井の奉納額など。武者の絵等もあり、古い歴史を感じさせます。

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