終戦まで(筑後・久留米を主に)

1941年 (昭和16)
7月25日 米、在米日本資産を凍結
12月8日 日米開戦
1942年(昭和17)
7月17日 慰問袋1万8800余個を戦地へ発送
8月07日 米、ガダルカナル島上陸
1943年(昭和18)
1月02日 パプアニューギニア南東部ブナに駐屯の守備隊(約2000人)が全滅
4月18日 山本五十六連合艦隊司令長官戦死
5月12日 アッツ島玉砕、守備隊は上陸した米軍と17日間の激戦の末、玉砕。日本側は戦死2,638名、捕虜27名
1944年(昭和19)
6月15日 八幡空襲 B29が初の北九州空襲。(中国成都から)
6月16日 2時頃、中国方面よりB29,B24、20機
6月19日 マリワナ海海戦(日本は空母、航空機の大半を失う)
6月23日 県下一斉に緊急防空訓練を実施
7月07日 サイパン島の日本軍全滅
7月21日 米軍、グアム島に上陸
8月04日 国民総武装決定(竹槍訓練など始まる)・学童疎開第一陣
10月10日 那覇空襲 米機のべ900機が沖縄県全域への空襲。米軍が初めて焼夷弾を戦闘で使用
那覇市街地の9割が焼失。本土初の本格的都市空襲。死傷者約800人
10月20日 アメリカ軍のレイテ島上陸。同日、大本営発表(台湾沖航空戦大勝利の誤報)
10月25日 航空母艦「千歳」はフィリピン沖海戦で沈没(午前5時30分)
10月25日 神風特攻隊、初出撃
11月15日 大牟田市空襲

硫黄島の戦い

1944年(昭和19)
12月08日 硫黄島(面積:22k㎡)への米軍攻撃(戦闘機・爆撃機のべ192機、投下爆弾800t、重巡洋艦3隻・駆逐艦6隻による6800発の艦砲射撃)
上陸前の74日間で投下爆弾6800t、艦砲射撃砲弾(16吋砲203発・8吋砲6472発・5吋砲15251発)。
・・・偵察機撮影の航空写真では450あった主要陣地が、上陸直前には750に増えていたという。
1945年(昭和20)
2月19日 硫黄島への午前6時40分からの艦砲射撃はノルマンディ上陸作戦をしのぎ、第2次大戦では最大規模だった。
3月24日 硫黄島玉砕(日本軍戦死者が約2万人)
米軍の砲弾と爆弾の総合計は全島の表面を1mの鉄板で覆うだけの鉄量になった。
硫黄島玉砕前から、日本国内を大規模で空襲するための米軍拠点飛行場として使用が始まった。
1945年(昭和20)
3月 焼夷弾落下時、初期消火が困難との理由で、久留米市内全家屋の天井板を外す
3月10日 東京大空襲、B29が325機来襲。(投下された焼夷弾1665t)
5,6時間で26万戸の家屋焼失。死者約10万、重軽傷約11万、罹災者は89万人
youtube(大空襲直前の東京アメリカからみた東京大空襲 空襲で破壊された大都市 )
3月12日 名古屋大空襲
3月13日~14日 大阪大空襲
3月17日 神戸大空襲
3月26日 米軍、沖縄上陸
3月27日 太刀洗空襲若者達の被害):B29爆撃機74機(計1000発以上の爆弾)
周囲の民間人を含む犠牲者数は1000人にも達する
3月31日 太刀洗空襲 B29(106機)で太刀洗基地を爆撃。200~300人死亡(2回の空襲で投下爆弾は2200発)
4月06日 ソ連が日ソ中立条約を延長しないことを日本に通告
4月17日・18日・21日・5月3日・5日・13日・14日 浮羽、小郡、甘木地方一帯を爆撃される。
4月18日 太刀洗空襲・B29爆撃機約30機で4度目の空襲。
日本機がB29に体当り、墜落、B29搭乗員11人死亡(女性通信兵1、少年兵1)久留米から見えた
5月29日 横浜大空襲
6月18日 大牟田市空襲
6月23日 沖縄戦終了
6月23日 福岡市附近に小型機28機来襲
6月29日 佐世保大空襲
7月05日・13日・28日・8月6日、民家、病院、工場、寺、学校、駅、電車、鉄道を無差別爆撃
7月16日 大分空襲 夜半~17日にかけ米B29の30数機、大分市中心部を空襲。 2358戸が焼失。
7月26日 ポツダム宣言
7月27日 大牟田市空襲
7月27日 九州各地の空襲、爆撃が激化する。
7月28日 青森大空襲
7月末、8月初 久留米空襲予告のビラが撒かれた。(30万枚位)
8月02日 富山大空襲
8月05日 佐賀市空襲
(夜半、佐賀県下初の焼夷弾爆撃。63機で2196発を投下)
8月06日 広島に原爆投下(広島平和記念資料館)死者20数万人
8月07日 大牟田市空襲
8月08日 西鉄筑紫駅、米軍機の銃撃で電車乗客64人が死亡。
(当時、学徒動員の南築中学生が電車を運転していた。)
8月08日 大牟田市に焼夷弾攻撃(4回の空襲で死者1291名)
8月08日 ソ連が宣戦布告
8月09日 ソ連参戦(満州・北朝鮮・南樺太・千島列島)
8月09日 長崎に原爆投下(長崎原爆資料館)
8月10日 ポツダム宣言諾決
8月11日 午前10時20分ー40分頃迄、久留米空襲 B24が53機(焼夷弾計100発)4波の無差別爆撃
(死者212・負傷者176・焼失家屋4506戸、ホームレス2万人以上・罹災面積47万4930坪(約156.7ha)
市街地は焦土と化した。 またこの頃、疫痢・腸チフス・結核など、伝染病に罹患する人が多数
8月12日 再び久留米空襲
8月12日 鳥栖大空襲:駅構内に爆弾多数。約110人が犠牲(目標は国鉄・日清製粉工場)
8月12日 佐賀市空襲。63機で439t投下、犠牲者多数。
8月14日 御前会議、ポツダム宣言受諾を決定。中立国を通じて連合国へ申し入れ
8月15日 終戦空襲で破壊された日本の大都市(youtube)
8月18日 ソ連、千島列島占領
12月31日 NHK紅白音楽試合(歌合戦という表現をGHQが認めなかったため)
1946年
7月01日 アメリカ、ビキニ環礁で原爆実験
7月15日 食料不足のため県下11市の料理店一斉休業
6月25日 朝鮮戦争勃発
8月04日 奄美大島住民8000人、日本復帰要求をして24時間の断食をおこなう。

*)第二次大戦頃の状況を把握したいと作り始めましたが、まだまだ、追加・修正の必要があると思います。お気づきの点がありましたら、ご教示下さい。(資料名等を教えていただくと助かります)

参考資料:「散るぞ悲しき」梯久美子著
HP:戦争を語り継ぐ(link)

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